MRってなに???
まだまだ暑いですね。前に特集した熱中症ですが、ここ最近救急病院に連れてこられる犬が急増しています。何度もいいますが、本当に熱中症にはご注意ください。
さて、こんなに暑いと仕事もはかどりませんね。仕事、試験勉強、家事にも適度な休憩が必要です。しかし、どんなときでも休憩してはいけないものがあります。『休憩』すなわちそれは『死』を意味します。絶対に休憩してはいけないもの。それは心臓です。今回は犬、特に小型犬に多いMRについて特集します。
―MRってどんな病気?―
MRとは僧帽弁閉鎖不全症(Mitral Regurgitation)といい、簡単に言えば心臓の弁(一定方向に血液を流れさせるための関所)が正常に閉まりきらなくなり、血液が逆流して様々な病態を示すようになります。
下の図をご覧ください。心臓には4つの部屋があります。大きく分けて右と左で完全に隔たれていて、さらにそれぞれ心房、心室に分かれます。心房と心室には弁があり、通常、心房から心室へ送る血液が、その逆方向へ逆流するのを防いでいます。
全身から帰ってきた血液(静脈血)は右心房へはいり、次いで右心室に充満します。ここから一気に吐き出された血液は肺動脈を通って、肺を通過していきます(ちなみにフィラリアが寄生するのはこの肺動脈です)。肺で酸素交換をして真っ赤でキレイな血液(動脈血)になり、また心臓へと戻ってきます。もどってきて最初に入るのが左心房です。血液は左心房から左心室へ充満し、高い圧力で大動脈に送られ、そしてそれは全身へと回っていきます。
重要なのは、最後の2行です。もう一度いいます。左心房から左心室へと運ばれ、充満した血液は非常に高い圧力とともに全身を循環していきます。さて、僧帽弁閉鎖不全症と書きましたが、これはその名のとおり、『僧帽弁』というところが『閉鎖』することを『不全』してしまう病気です。そしてその『僧帽弁』とは左心房と左心室を分ける弁の名前であり、つまり、MRとは左心房→左心室の正常な流れが『閉鎖不全』を起こすことで、左心室→左心房へと血液が逆流してしまう病気なのです。
閉鎖不全をおこすには、いくつか原因があります。全体の6割は弁の粘液変性という病態が原因で、これは弁とそれをを引っ張り支持している腱索が進展し、まるで伸びきったゴムのようになることで、弁が閉まりきらなくなります。そのほか、細菌性心内膜炎や拡張型心筋症による左室拡大によっても併発します。
そもそも犬の心臓病にはいくつか代表的なものがあります。フィラリア症、先天性心奇形(動脈管開存症、心室中隔欠損、大動脈弁狭窄など)、拡張型心筋症、気管支拡張症や腎不全などに続発して(二次的)起こる心肥大、そして僧帽弁閉鎖不全(MR)はそれらの中でも非常に頻発する疾患です。ヒトにも犬のMRと同じ病態(僧帽弁の粘液変性)で発症する僧帽弁逸脱症候群という病名があります。原因は不明です。
-MRのサインを見逃すな!-
マルチーズ、シーズー、キャバリア、トイ・プードル、ダックス、(柴犬も多い)などの犬種を飼われている方は、MRに要注意です。MRは後天性疾患で、かつ進行性です。つまり、高齢になればそれだけMRのリスクは高まりしかも進行性にどんどん悪化していく病気です。となれば、早期発見が予後のカギとなります。
①コンコンといった空咳(乾咳)
②運動を嫌がる
③呼吸状態の悪化
④心雑音
まず、われわれが気づく最初のサインは、聴診における逆流音です。普通心臓は、「ドッド・・・ドッド・・・」といった歯切れのいいリズムを繰り返しますが、逆流音がある場合、収縮時に合わせて「ザーッ、・・・ザーッ・・・」といった音が聞こえます。この逆流音を6段階で評価し、6が最も重度な心雑音とされます。(下図参照)最初に挙げたような犬種は少なくとも半年に一回は病院での健康診断を受けるべきだと思います。聴診とエコー(超音波)検査でバッチリです。
また、咳もMRの重要なサインです。左心房の肥大で左側の気管支が圧迫され、咳が出始めますが、進行すると、肺水腫を起こし致死的な状態に進行します。もういちど心臓の図をみてください。左心室から左心房への逆流が進むと、わかりやすくいえば、事故渋滞をおこします。うまく前方に血液を送れなくなるため、左心房がパンパンになり、後ろからやってくる血液が渋滞してきます。これはうっ血性心不全という病態で、それはやがて肺の方まで渋滞を起こし行き場のなくなった渋滞血液は外に飛び出します。それが肺水腫です。肺水腫は非常に緊急性の高い疾患のため、咳が続きゼエゼエ言いはじめたらすぐに病院に連れて行きましょう。
-不治の病、MR-
残念ながら、MRを完全に治すことは現代の獣医学では不可能です。しかし暗い話ばかりではありません。”進行を遅らせること”ができます。心不全のもっとも重要なことは血圧が上昇するということです。心不全により循環血液量が低下すると体がそれを感知し、血圧をあげて正常な循環を保とうとします。さらに飲水量を増やして、腎臓でのナトリウム(塩分)の保持と抗利尿そして血管収縮が起き、悪い心臓はどんどん悪くなっていきます。これは心臓の代償機構の悪循環で、簡単に言えば、目先のトラブルにしか目がいかなくて、気づいたら巨大なトラブルになっていたというようなものです。
治療は、心機能の低下から起こった抹消血管の収縮を血管拡張剤=血圧降下剤(ACE阻害剤)の投与で緩和します。分かりやすく言うと、指でつまんだホースの先を普通にして、血圧を下げ、末梢循環を回復させようとします。そうすることで左心室から左心房に逆流する血液の行き場を大動脈(全身)の方に向かわせます。そして冠動脈や肺血管拡張剤(硝酸イソソルビド)、気管支拡張剤(テオフィリン)を併用していき、さらに進んだ症例では利尿薬やニトログリセリンの投与も考慮します。さらに心臓の動きを活発化させるため、強心剤(ジギタリスなど)の投与も始めます。最近では、『ベトメディン』(ピモペンダン)という新薬が開発され、多くの犬のMRに効果を示しています。ただ、非常に有効である場合がある反面、相性が悪いと余計症状を悪化させる場合もあるので、慎重な投与が必要です。ともあれ、一度薬を飲ませ始めてからストップすると、一気に症状が悪化することがあるので、薬を飲ませるなら一生飲ませ続けていくくらいの覚悟が飼い主さんには必要です。
しかし、なによりも大事なのは、日々飼い主さんが出来ることです。早期からの食事療法(減塩食)、ダイエット、運動制限などは薬よりも大事なことかもしれません。
-最後に-
ながくなってしまいましたが、最後にポイントをまとめておきます。
1)咳、呼吸困難、運動を嫌うなどの症状はMRのサイン
2)マルチーズ、ポメラニアン、キャバリアはMRの宝庫
3)早期からの薬剤投与と、食事療法がカギ(血管拡張剤には弁の粘液変性や心筋細胞の肥大に対する抑制効果があると言われています)
心臓は一日に十何万回(心拍数が100回/分の場合、1日の拍動数は14万4千回)も拍動するインソムニア(insomnia)な臓器です。心臓が休憩するときは死ぬときです。投薬、食事、運動制限、やれることはしっかりやってまだまだ心臓にはがんばってもらいましょう。
文:小川篤志