ストップ・ザ・ノミ、ダニ!!
―かゆみのためじゃないっ?
犬も歩けばダニがつく。猫には小判よりノミダニ駆除剤。みなさん、ノミやダニの“本当の怖さ”知っていますか?今回はノミやダニが媒介する恐ろしい病気についてご紹介します。
以前フィラリア症について特集しました。フィラリアは蚊によって媒介されますが、ノミやダニについても同じと思ってください。刺されることでのかゆみを防止することが害虫予防の意義と考えられがちですが、我々獣医師が予防を薦める理由は、むしろそれより害虫によって『媒介される感染症』を予防するためであることをまずご理解ください。
―ノミ、及びダニ媒介性疾患
では、ノミやダニによって『媒介される感染症』とはどのようなものがあるのでしょう。そのいくつかをご紹介します。
<ダニ媒介性>
・犬のバベシア症(下記参照)
・犬のヘパトゾーン症:日本ではHepatozoon canisの近縁種の感染例があります。マダニの経口摂取で感染し、通常不顕性ですが、発熱、体重減少、食欲不振、貧血、抑うつ、目鼻の分泌物、下痢、起立不能、骨膜性骨増殖が起こります。確定診断は血液中のガモントを確認します。
・日本紅斑熱:病原体はRickettsia japonicaで、西日本から中部日本に分布、マダニ類の咬傷により感染します。人間にも感染し、死亡例する場合もあります。人ではツツガムシ病との鑑別が必要です。
・ライム病(人獣共通):日本での病原体はシュルツェマダニから分離されるBorrelia gariniiやB.afzelii、ヤマトマダニから分離されるB.japonicaがあります。日本国内での犬のライム病は神経症状が主体で、髄膜炎や脳炎、顔面麻痺などが出現します。循環器症状として、心筋壊死や心内膜炎と、それに伴う房室ブロックが認められます。人では遊走性紅斑が唯一特徴的な病態ですが、犬では認められません。
・野兎病(人獣共通):病原体はFrancisella tularensisで、伝播はダニ、サシバエ、蚊などによります。慢性に経過しますが、高い致死率を示すこともあります。
<ノミ媒介性>
・条虫:いわゆる真田虫と言われるもので犬条虫=瓜実条虫と猫条虫がノミによって媒介されます。人間にも感染し、特に赤ちゃんや小児の口の中に蚤が飛び込むことによります。ノミの幼虫が卵を含む条虫の片節を餌として捕食することで感染が発展・成立します。マンソン裂頭条虫はミジンコとカエルやヘビなどが中間宿主で、ノミは無関係です。
・猫のヘモバルトネラ症(下記参照)
・猫引っかき病(人獣共通):病原体はBartonella henselaeで猫の爪に病原体が寄生し、人を引っ掻いた際に感染します。猫は無症状ですが、人間に感染した場合、潜伏期は3~10日で、発熱、受傷部の丘疹・水泡、一側性のリンパ節の腫脹が主な症状です。
このなかでも、犬バベシア症とヘモバルトネラ症(猫)が非常に重要です。どちらも基本的には赤血球内に寄生する原虫で、発症すると高度な貧血を起こします。
1)犬のバベシア症
特にバベシア症(病原体は原虫のBabesia gibsoni)は、ここ宮崎で非常に多く見られ、日々の診療では常に診断リスト(ルールアウト)の一つとして頭に入れて置かなくてはならない疾患です。主にフタトゲチマダニが媒介し、他にツリガネチマダニ、 ヤマトマダニ、クリイロコイタマダニがあり、感染の成立にはマダニの吸血を2日以上受ける必要があります。僕がノミダニ駆除について飼い主さんに説明するときは、必ずこのバベシア症の話をするようにしています。なぜなら、駆除なしでは非常に感染のリスクが高く、また致死的な病態を示すためです。
バベシア原虫は、赤血球のなかで分裂増殖することで物理的に赤血球を破壊したり、白血球がバベシアに感染した赤血球を直接攻撃し、破壊することで貧血が起ります。しかし、実際には、アレルギー的な機序で過剰に免疫反応(正常な赤血球までも破壊させてしまう)を起こすことが問題となり、且つ、重度の血小板減少もおき、非常に「オオゴト」です。他にも、脾腫(脾臓における赤血球と血小板のうっ滞に因る)、血尿、発熱などの症状が見られます。
診断は、ダニ咬傷の有無、貧血所見、血小板の減少や脾臓摘出手術の往歴(脾臓は免疫=抵抗力=感染防御の親玉的臓器で、脾臓摘出後は感染のリスクが非常に高まるため)などがありますが、決定的なのは顕微鏡下での赤血球内に寄生するバベシア原虫の確認です。特徴的なのは、赤血球内に“双梨状”や“リングフォーム”と表現される虫体が確認できることです。
治療には、抗バベシア薬である『ガナゼック』という薬が有効ですが、小脳出血による痙攣など非常に副作用が強いのが問題です。かつ「ガナゼック」は犬には認可されていない薬ですが、他に有効な薬がないため使用せざるを得ません。一部の抗菌剤にも効果がありますが、臨床的な効果は確立されていません。
もともとは家畜の伝染病として恐れられた病気で、現在でも牛(特に放牧牛)の死因にはバベシア(正確には、牛ではピロプラズマ症という)によるものも多いです。「ガナゼック」は牛のピロプラズマ症のための薬なのです。
2)猫のヘモバルトネラ症(Haemobartonellosis)
ヘモバルトネラ症は犬(病原体はH.canis)にも猫(H.felis)にもある疾患ですが、病原体が違うため、犬と猫の間では伝染しません。犬では不顕性感染(感染しても症状がない状態)であることが多く、特に猫で問題となる病気です。犬ではマダニによって感染しますが、猫ではノミ、猫同士のケンカや母子感染でも伝播し、野外の猫はかなり高率で感染していると言われています。原虫であるバベシアとは違い、赤血球の表面に寄生するマイコプラズマという生物だということが最近分かりました。こちらも貧血が問題となり重度では輸血も検討され、こちらもオオゴトです。また、猫白血病や猫エイズに感染している猫では、より重度になる場合が多く、ワクチンの重要性についても近々特集する予定です。
治療は、主に抗生物質(テトラサイクリン系、ニューキノロン系)と貧血が進んだ場合には輸血も実施します。死に至る場合も少なくない疾患です。
ダニやノミは犬、猫はもちろん、問題は人間にも感染する病気をもっており、例えばダニが付着した犬が家に戻ったとき、そのダニが人間を噛むことで感染するといったルートも十分考えられます。
宮崎では、特に山の中や河川敷にマダニが多く、ダニやノミが非常に“付きやすい”場所であると思ってください。犬も歩けばダニが付き、猫に小判はあげなくてもノミは付きます。じゃあどうしたらこれらの害虫から、そしてそれらが媒介する病気から可愛いペット達を守れるのでしょうか。
――試す価値ありノミダニ駆除剤
できる事なら、ダニ、ノミの居る場所や居そうな処にペットを近づけない・連れて行かないことです。しかし、散歩などどうしても屋外に出たり、病院やペット・サロンに連れて行かざるを得ないのも事実です。この15年でノミ・ダニの予防が浸透した結果、バベシア症やノミアレルギーの症例は5分の1~10分の1まで減少していると思われます。ノミ・ダニ駆除剤はあくまでもノミ・ダニを殺す薬で、病原体を殺滅するものではありませんが、病気感染の防御に多大の貢献をしていることに間違いはありません。
量販店やスーパーでよく「ノミダニ駆除剤」とか「ノミ取り首輪」とかを目にします。しかし、はっきり言って効果はとても弱いです。むしろ首輪を咬んで中毒を起こしたりすることもあり、実際に先月、当救急病院にもペルメトリン中毒(ノミ取り首輪の成分)を起こした猫が瀕死の状態で連れてこられました。数日後には回復しましたが、きっともう二度とノミ取り首輪を買おうとは思わないでしょう。
そこで、我々動物病院では『フロントライン』やその他のスポットオン剤を処方しています。これらの類似品は量販店にもありますが、成分が違ったり、成分は同じでも量や濃度が半分であったりします。「フロントライン」をはじめ病院扱いで正規の駆除剤を月に一回、背中に垂らすだけでほぼ予防できます。まさに「ストップ・ザ・ノミ、ダニ」。未予防の方は、一度動物病院に相談されてはいかがでしょうか。
――最後に・・・
さて、ストップ・ザ・ノミダニと題してお話してきましたが、ノミやダニの怖さはわかっていただけたでしょうか。ほかにも猫のアレルギーの多くはノミアレルギー(アレルゲンはノミの唾液)に関連してるといわれていますし、ダニもアレルギーや大量寄生では貧血をおこします。ちなみに僕はシェルティーに寄生した100匹以上のマダニを取ったこともあります。(ダニは頑丈な口器をがっちり皮ふに刺して吸血しますので、決して安易に取らないように!)
もちろん犬猫に寄生することも問題ですが、人間にも多くの病気を媒介します。代表的なのは日本紅斑熱で、これはダニによって媒介されます。先日ニュースでこれに感染した70代の女性が亡くなりました。それに、本来ノミが保有する病原体が猫の爪を介して感染するのが猫引っかき病(Bartonella henselaeによる)です。小学校の頃、お世辞にも真面目とは言い難い性格だったある友達が、体育の授業を「猫ひっかき病」で欠席しました。しかし性格が災いしたのか、体育教師にはまったく信じてもらえず、数日後彼は「本当なんです。猫ひっかき病にかかってたんです!」と泣きながら訴えていたのを影からじっと観察したのを覚えています。ふざけた名前なので信用のない人が感染すると社会では通用しなそうですが、結構怖い病気なんですよ。
ノミやダニは蚊と違い一年を通してあなたとあなたのペットを狙っています。くれぐれも予防は定期的に。
文:小川篤志