立秋とは名ばかり、まだまだ猛暑の真夏日が進行中です。「うちの犬もこの夏を超えられれば、あと一年寿命が延びる・・・・・」とは良く聞く言葉です。我々獣医師も、心臓病や気管虚脱症などの症例では、一部分同感するところです。
梅雨から初秋にかけての高温・多湿の時候に多い病気の一つが、今回のテーマである「外耳炎」です。冬場は小康状態であった外耳炎がこの時期再燃することもしばしばです。
頭をぶるぶる振る、後ろ足で耳を掻き毟る、耳が臭い、ジュクジュクの耳ダレが出ているといった症状は外耳炎の兆候です。早めの処置はもちろん、普段からの手入れで外耳炎を防ぎましょう。また、上記のような症状がすでに出てしまっている方でも、諦めるには早すぎます。外耳炎は治せる病気です。
疑問に思いませんか?、なぜ外耳炎がここまで犬に多いのか。いや、僕ら獣医師はそれだけ多くの外耳炎に出会います。その答えは耳の解剖学的な構造に原因しています。
外耳道は軟骨組織で構成され、耳介(耳の部分)で集音した音を鼓膜まで伝えるトンネルとして存在します。犬の耳、特に垂れ耳の犬種ではこの外耳道の通気性が非常に悪く、外耳道は体温によって高温多湿に保たれます。しかも決定的に違うのは、犬には垂直耳道と水平耳道があるということです。人間では、あえて表現するなら水平耳道しかありません。どういうことかというと、犬の外耳は『L字型』になっていて「L」の縦の部分が垂直の部分、横の部分が水平の部分です。水平になったあとの鼓膜に続き中耳があり、さらに小学校で習った「ツチ骨」「キヌタ骨」「アブミ骨」の順で内耳(三半規管や蝸牛)につながり、聴覚神経として最後に脳へと連絡します。
この垂直、水平耳道があることで耳の通気をさらに複雑にさせ、結果、種々の細菌や酵母菌(主にマラセチア Malassezia pachydermatis)が増殖しやすくなります。ときには既に感染している犬や猫から耳ダニをうつされることも少なくありません。過剰に出た耳垢(みみあか)をエサにして耳ダニ(耳疥癬 Otodectes cyanotis )が繁殖します。耳ダニは、移動する際の機械的刺激や、アレルギーによって強い掻痒感を起こし問題となります。特に夏は細菌や酵母菌の繁殖を容易にし、外耳炎を悪化させやすくなります。
悪化した外耳炎は、炎症反応によって滲出物(耳ダレ)を分泌し、じゅくじゅくした耳になっていきます。さらに炎症が進むと、中耳にまで炎症が波及して(中耳炎)、内耳をも刺激し(内耳は平衡感覚などを察知する)、運動失調、斜頚(首が病変側に傾く前庭障害)、眼振(目が右左に動き、ちょうど遊園地のコーヒーカップに乗ったあとのような感じ)などの神経症状を起こします。外耳道のそばには顔面神経という脳神経が走っており、炎症が酷くなると神経を刺激して顔面神経麻痺を起こすこともあります。
ではそもそもの原因はなんでしょうか。原因は多岐にわたります。
・アレルギー性疾患(アトピーなど)に関連
・外傷性(耳を引っ掻いたりして傷がつくことで炎症がスタート)
・人為性(綿棒などの使用で耳道が傷つける。綿棒は耳垢を奥に押し込むだけ)
・異物性(シャンプーや水浴により耳道内に水が残留する。砂などの異物による反応)
さて、『外耳炎、治します』という大胆なタイトルを付けたのには訳があります。動物病院によっては外耳炎治療にあまり時間をかけようとしません。抗生剤や抗カビ剤、ステロイド製剤などの点耳薬や、それらの合成点耳薬を落としたり、それらの薬の錠剤を内服させるに留まることが多く、しかしながらそれらは根治的な治療ではないかもしれません。
外耳炎治療の決定打、それは”耳洗浄”です。耳洗浄は、はっきり言って面倒です。面倒というと語弊があるので言い換えますが、一回の処置に時間がかかり、それに一生懸命洗浄しなければいけません。洗浄はケースによって異なりますが、2種類の洗浄液を用います。1つ目の洗浄液で耳道内の“脂”を溶解し、2つ目は消毒液でじゃぶじゃぶ耳の中を洗います。しゃぶしゃぶではだめです。ジャブジャブです。そうすることで耳垢が出てきますし、逆に言えばそこまでしないと耳はきれいにはなりません。ここまでを丁寧に行い、外耳道をかなりのところまで綺麗にして、ここで初めて抗生剤とカビの薬を点耳します。また、耳ダニがいる場合は殺ダニ薬も点耳します。これにはイベルメクチン製剤やフィプロニルスプレーやスポットオン製剤などが用いられます。
これでOKです。たったこれだけですが、あとは洗浄液と点耳薬を処方して、飼い主さんが家で毎日耳洗浄すれば殆どの症例は好転します。もし家で出来ない場合は定期的に通院しなければなりませんが、基本的には飼い主さんがどこまでがんばれるかに掛かっています。外耳炎は我々獣医師が治すのではなく、あなたが治すのです。
以上、ここまで犬についてお話してきましたが、少し猫の外耳炎についてもお話しましょう。馴染みが薄いかもしれませんが、猫も外耳炎になります。猫は外耳道が短く、耳が立っている分、犬よりか頻度は低いですが、しばしば外耳炎に罹ります。猫ではダニ性の場合が多い上、外耳炎になりやすい猫種もあります。スコティッシュフォールドなどの耳が垂れているものや、アメリカンショートヘアなど脂の分泌が多い猫種では外耳炎に罹患し易い傾向にあります。
しかし犬と違い、犬と同じような耳洗浄の手技では、比較的容易に鼓膜が破れてしまします。その結果、前庭障害や耳が聞こえなくなるなど、重大な事態を惹き起します。したがって、本当にgentle(=優しく)に、マッサージしながら耳洗浄を行います。
また、子犬を飼いはじめたあなた、是非小さい時期から耳洗浄の癖をつけてあげてください。日頃からオトナシク耳洗浄のできるペットにすることで、外耳炎の予防が可能となります。意外に感じるかも知れませんが、ウレシイことに「しつけ」の「決定打」でもあります。自宅で耳洗浄ができるペットは、イコール(=)「しつけ優良犬」でもあります。耳洗浄を好きな犬はいませんが、嫌なことをすることで我慢するという「しつけ」につながるのです。
外耳炎でお悩みの方も、幼犬を飼い始めたあなたも、外耳炎を予防しようとしてる方も、一度動物病院にきて、耳洗浄の方法をGETしてみてはいかがでしょうか。
“外耳炎はいくら高価な点耳薬や内服薬を投与しても、それだけでは治すことができません。飼い主さんの愛情と熱意、そして「耳洗浄」が三位一体となって治せるのです”
文:小川篤志