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ペット豆知識 vol.8-犬のレプトスピラ症・台風シーズンは要注意-

 2006年8、9月に宮崎県の県北を中心に8名ものレプトスピラ症感染者が相次いで報告され、新聞でも報道されました。2006年の全国で確認されたレプトスピラ症感染患者の数は27人で宮崎県が約3分の1を占めています。「風土病」と言ってもいいくらいの疾患です。
 レプトスピラ(Leptospira)とは、細菌と原虫の中間のような生物とされ、病原性のもの(Leptospira interrogans)と非病原性のもの(Leptospira biflexa)の二つに大きくわかれています。その病原性レプトスピラのなかでも200種以上も存在し、非常に多様な微生物であるのが特徴です。
 しかも、このレプトスピラという生物、げっ歯類(ネズミなど)を中心としてほとんどすべての哺乳類に感染することができる、微生物界では非常に優秀な病原体でもあります。したがって、人間界では非常に迷惑極まりない病原体であり、国際レプトスピラ症学会では少なく見積もっても年間30~50万例のレプトスピラ症が発生しているだろうと推測しています。日本では70年代以降激減したとはいえ、現在でも沖縄を中心とした西日本地域で散発的な発生が起きており、ここ宮崎でも前述のとおり2006年に8例ものレプトスピラ症患者が発生しました。もちろんこれは日本で断トツ(断然トップ)です。
 すこしその宮崎の話をすると、8名はいずれも53~77歳の男女で、発熱、黄疸、出血傾向、腎不全の症状を呈し、その後のサーベイランス調査でいくつかの共通点が見つかりました。

・農作業をしている
・手指に傷がある
・ネズミと接触した
・犬の所有
・牛や豚を管理している

 これらの作業はいずれもゴム手袋などの着用はなく、直接の接触によって感染したと考えられます。
もうすこしレプトスピラに関するヒントを出します。その地域での野生イノシシ、シカの抗体保有率はそれぞれ10%、23%でした。同地域の野鼠からは、患者から分離されたレプトスピラと同型の菌が分離され、さらに患者らは農作業中に水道や井戸水、水田との接触をしていました。

 以上からわかる通り、以下はすべてレプトスピラ症の感染リスクとなりえます。
1)保菌動物の尿で汚染された場所(土中=畑や田、庭)での作業
2)農作業や下水、水たまり、台風あとの土砂
3)ネズミとの接触
4)家畜の飼育
5)と殺場施設や、食肉処理場での作業

 レプトスピラは、げっ歯類をレザボアReservoir(自然宿主)としており、主に肝臓と腎臓で増殖し、菌は尿中に排泄されます。尿は土壌や沼、水溜りに混ざり、菌はそこで発育します。台風などが来ると、それらは土砂として流れ、汚染は拡大します。人間や犬がその水や土壌に触れ、偶発的に口の中に入ったり手指に傷があったりすると、菌はそこから体内に侵入し、動物の腎臓や肝臓で増殖を始めます。台風などの大水で側溝や溝(どぶ)が溢れ、鼠の塒(ねぐら)が無くなり、人間の生活場所を徘徊し、排泄します。これが台風時にレプトスピラ症が多い理由なのです。
 IASR(Infectious Agents Surveillance Report)によれば犬では県内各地で2004年に48例、2005年にも48例、2006年には49件のレプトスピラ症が発生しています。いずれも台風との関連も考えられ、秋での発生件数が最大となっています。レプトスピラ症は71ある届出伝染病の一つですが、本症の確定診断には困難を要する事もあり、犬での実際の感染数や死亡症例数は上記よりも多いことが想像されます。
 日本で常在する犬へ感染する代表的な血清型は以下があります。
L. icterohaemorrhagiae・・・超急性型(黄疸型)
L. canicola・・・急性または亜急性型(出血型)
L. autumnalis、hebdomadis、australis ・・・秋疫病(あきやみ病)
 黄疸型と出血型は致死率も高く、特に黄疸型では発症後数時間から数日で非常に高い致死率を示します。総じて腎炎、肝障害がおき、感染から約1週間で発病します。完治しても数ヶ月から数年の間尿中に菌を排出しつづけ、感染拡大への助長となります。猫でも感染しますが、発症するのは稀だと考えられています。
 治療は抗生物質と適切な対症療法になります。抗生物質はペニシリン系、アミノグリコシド系、テトラサイクリン系の一部に感受性があり、特にストレプトマイシンに感受性が高いといわれています。そして、脱水の補正、肝臓と腎臓に対する投薬を行い治療を管理します。
 そして、もちろん感染した犬から人間に感染することもありますので、我々獣医師や動物に携わる業種の従事者を含め、飼い主の方は非常に慎重に接触する必要があります。特に血液や尿の処理には要注意です。
 さて、それだけ重大な病気なら罹(かか)らないようにしてしまえばいいわけです。ワクチンがあります。もちろん人間用のワクチンもありますが、犬にも有効なワクチンがあります。当院では9種混合ワクチンを推奨しており、以下の病気を予防できます。
1)犬ジステンパー
2)犬伝染性肝炎(犬アデノウイルス1型)
3)犬アデノウイルス2型
4)犬パラインフルエンザ
5)犬パルボウイルス感染症
6)犬コロナウイルス感染症
7)犬レプトスピラ感染症(コペンハーゲニー)
8)犬レプトスピラ感染症(カニコーラ)
9)犬レプトスピラ感染症(ヘブドマティス:秋疫)

 7、8、9はすべてレプトスピラであり、9種ワクチンのなかの三分の一がレプトというのは、どれだけ大事な予防なのか非常に説得力がありますね。もちろんワクチンを打ったからといって完全に100パーセント予防できるかと言われれば、答えはNOですが、犬にとっては非常に大切なことです。フィラリアに加え、年一度のワクチンを必ず接種するようにしましょう。

 最後に人間には予防接種をしないのになぜ犬だけ注射するのか、という疑問をもつ方も多いと思います。ズバリ答えはこうです。犬は散歩に行くとき必ず裸足です。パッドの裏や皮膚に傷のあるものも少なく有りません。散歩中に水溜りの水を飲むもの、土を口にするもの、動物の死骸を喰うもの・・・などレプトスピラ菌に接触する機会は人間より多い筈です。一昔前は、猟犬の病気と言われた時代も有ります。保菌者である野鼠や猪、鹿、狸、そして感染から快復した犬が、山中の水溜りに集い、そこにレプトスピラ菌を残して去るのです。喉の渇いた猟犬はレプトスピラ菌に濃厚汚染された水溜りで水を飲んで、本症に罹るのです。年1回の接種が推奨されていますが、実際の効果は6~8ヶ月とされています。鼠の多い処に住んでいるとか、最近近所の犬が罹ったという様なことが有れば、年2回の接種が望まれます。前述しましたが、猫への病原性は低いので接種は不要です。

 幸い、今年はまだ台風が来ていません。古来より、立春から数えての210日頃が台風の多い時期とされています。近年はほとんど耳にしなくなった”台風のメッカ(銀座)・宮崎”は、多分に死語ではないでしょう。今からが油断大敵です。大水後の犬の散歩など、注意を怠らないように!

文:小川篤志

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