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ペット豆知識No.16-猫の下部尿路疾患(旧称 FUS)は夜間の帝王です-

猫に多い猫下部尿路疾患(FLUTD)

「卵が先か、鶏が先か」は、世の多くの女性がいくら整形しても「藤原紀香」になれないのと同様に、土鳩が鶏になれるわけはありません。「鳶が鷹を産んだ」と言うように、遺伝子学的にもやっぱり卵が先なのです。(この続きは最後)

 猫の慢性腎不全に続き、猫泌尿器シリーズ第2弾として、今回は猫下部尿路疾患(FLUTD:Feline lower urinary tract disease)について特集します。
※FLUTDはつい最近まで英名でFUS(Feline Urologic Syndrome)と言われ、和名では猫泌尿器症候群、もしくは猫尿路閉塞症候群と呼ばれていた疾患です。病態解明の進歩で現状ではFLUTDとなっています。(参考まで)

●血尿、頻尿、排尿困難、それがFLUTDの正体
 とにかく猫は泌尿器系が弱い。腎不全と共に下部尿路疾患も動物病院では本当によく見る病気のひとつです。それだけ罹りやすく、特にFLUTDは再発もしやすい病気なのです。症状や治療法などを説明しますので、Cat Freakの皆さん、是非参考にしてください。
 猫の来院理由の4~10%は、このFLUTDだと考えられています。一見低いようにも見えますが、すべての疾患のうちの1割弱を占める病気というのはかなり多い疾患であると考えるべきです。
 このFLUTDは、血尿、頻尿、排尿困難を主徴(主な徴候)とする、尿路の疾患であり、2~6歳の猫でよく発生します。他にも
・肥満の猫
・冬~春にかけて発症することが多い
・30~70%の猫で再発する

などの疫学的特徴があります。

 しかしながら、猫下部尿路疾患(FLUTD)と言うのは、さまざまな尿路疾患の総称であって、特定の病名ではないことに注意が必要です。尿石症、つまり膀胱結石や尿道結石、または結晶(砂粒)があったり、膀胱炎、膀胱感染、尿道炎などのいずれか、もしくはそれらの複数が『下部尿路』に発生したときに、FLUTDと呼ばれます。
 これらの症状や原因については後で説明するとして、まずは“下部”とはどういう意味なのか、泌尿器系の構造や解剖について軽く復習しておきましょう。

●『下部』尿路とはいったい・・・
 全身循環をした血液は、絶えず腎臓を通り濾過や再吸収を受けて尿となります。尿は腎臓(正確には腎盂=腎盤)を出て尿管を通り、膀胱に向かっていきます。ここまでの構造、つまり腎臓~尿管までを“上部尿路系”と言います。ついで膀胱へと達した尿は“一休み”して、ある程度膀胱に尿が溜まったら、尿道を通り、尿道口から排泄されます。この膀胱から尿道口までの構造を“下部尿路系”と呼び、FLUTDはここのいずれかに障害がおきた場合にそう診断されるのです。
 もちろん上部尿路疾患(UUTD)もあります。しかし圧倒的に下部尿路疾患(LUTD)の方が臨床的に重要であるために、特集するに至ったわけです。

では症状を挙げてみましょう。お宅の猫はこんな症状でていませんか?
・血尿(尿中に血液が混じる。おしっこの最後の方で血が出るなど。)
・頻尿(何度もトイレに行ったり、トイレ以外の場所でもおしっこをする)
・排尿困難(グーッといきむ仕草をするが、出ない、もしくは少量)
・陰部を舐める(痛みがあるために、しきりに陰部を気にする)

 上記のうち2個以上あてはまれば、ほぼ間違いなくFLUTDとなっていると言えるでしょう。
 ではなぜ血尿が出るのか。なぜ排尿困難や頻尿となるのか。次はそのあたりについて詳しく探ってみようとおもいます。

●なぜ血尿に?なぜ膀胱炎に?なぜ結石が?

①血尿の原因

 血尿と血色素尿というものがあります。血色素尿とは、循環中に赤血球が溶血し、中のヘモグロビンという色素が出た結果、尿が赤くなるというものであって、赤血球が出てくる血尿とは区別されます。夏の鬼合宿で「監督のメニューきつすぎて俺なんか去年血尿でちゃったよ」と自慢してくる先輩には笑顔で見下して上げましょう。(暑さと重度の筋肉の使用で、溶血と筋色素の逸脱が起きて赤色尿がでる。血尿ではない。)
 したがって、血尿が出ているということは腎臓以降での出血があるという推測ができ、このほとんどは膀胱炎によります。
 膀胱炎は、細菌感染によっておきるのが一般的で、そのほとんどは大腸菌(E.coli)が、陰茎や膣から上行性に膀胱まで感染して発症します。細菌が膀胱粘膜に侵入して増殖し、膀胱粘膜は腫れ上がって出血し、炎症が起きることで膀胱炎となり、二次的に血尿が見られるのです。膀胱結石も、膀胱内を傷つけ炎症を惹起する原因のひとつです。(※尿道カテーテル挿入術も感染を助長し、膀胱炎の原因のひとつになる場合がある。) しかし、最近の知見では、FLUTDの実に60%が特発性膀胱炎といって、感染もなく、結石もない、つまり原因不明の膀胱炎であると見られています。現在ではFLUTDを特発性膀胱炎と言い換えることもできるほどでなのす。

②頻尿、排尿困難の原因
 多くは膀胱結石に起因します。結石は、『何かしらの核』となるものがあって初めて結石や結晶となります。オスでは、尿路の構造上それらが尿道で詰まる場合があり、尿道閉塞として緊急的な疾患ともなりえます。閉塞した場合、高窒素血症から尿毒症となり、腎不全の末期のように多彩な症状が表れ、放っておけば死亡します。(後ほど詳しく)
 『何かしらの核』というのは、もともとできた結晶や、細菌であったり、膀胱粘膜上皮の細胞のかけらがそれにあたり、それぞれが合体して雪だるま式に大きくなっていきます。結石のできる部位によって、腎結石、尿管結石、膀胱結石、尿道結石と名前がわかれ、また結石の種類も豊富です。(下表参照のこと)
 その多く(60%以上)はストラバイト結石(正式名称は、リン酸アンモニウムマグネシウム尿石)で、FLUTDではもっとも一般的な尿石です。これは、尿のpHが上昇し、アルカリ性となること、さらに名前の通りアンモニウムマグネシウムリン酸塩が多量に含まれる尿で形成されやすくなります。こうなってしまう背景には、不適切な食餌が原因となっていて、食事内容の変更が望まれます。(ちなみに、猫の尿石症の95%は細菌やウイルスの関与しない非感染性のものである。犬では感染が関与する。)

 これらの結晶、砂粒あるいは細胞塊(これらをマトリックスという)または結石が物理的に尿路を狭くし、あるいは閉塞することで頻尿や排尿困難の症状が現れます。しかも結石は物理的に膀胱を傷つけるために炎症を起こして血尿が発生するのです。
結石はFLUTDのうち20%を占め、膀胱炎よりも比較的発生度は低いようです

(発生頻度の割合は、下表参照のこと)

●FLUTDが救急疾患となる時
 タイトルにも掲げたようにこの病気は「夜の帝王」となる場合が少なくありません。
 特に雄猫は結石や砂粒、出血性膀胱炎の血餅(けっペイ)、膀胱炎の炎症産物(=塞栓子)が尿道に栓(プラグ)を形成して排尿ができなくなります。こうなると、分(極悪は秒)刻みでトイレに行く、あるいはトイレから出ない、悲鳴に近い声をあげるなどして、飼い主の不安を掻き立てます。この状況を放置すると、腎不全になったり、最悪の場合膀胱破裂に至ります。早急に病院に行き、尿道を閉塞している「栓」を除去してあげなければなりません。症例によっては、尿道炎で狭窄した尿道をカテーテルで拡張することも必要です。救急疾患なのです。雌の場合も止血剤や抗生剤の投与で症状を改善してあげる必要があります。結構大き目の膀胱結石を発見することも稀ではありません。「夜の帝王」ごとく、夜間病院でも最も多い救急疾患の一つであることに間違いありません。★

●水を飲ませることこそ治療の第一歩
 さきほど疫学の部分ですこし触れましたが、あれ?なぜ冬から春にかけてFLUTDが多発するの?と思った方、あなたはヒジョ~に鋭い。なぜでしょう。
 その背景には、寒冷のために猫が動かなくなり、その結果、飲水量が低下するためではないかと考えられています。人の医療でも、下部尿路疾患がある場合、「水をよく飲むようにしてください」と指示されます。飲水量とFLUTDの関係、う~む何かにおいますね。
 そもそも尿路系は独特な防御機能があり、そのひとつは、尿をこまめに排出することで常にきれいな環境を保持しようとしていることが挙げられます。例えていうなら、常に流れがある川と、雨上がりの水溜りや池では、澱(よど)みの具合が違うのは当たり前です。私の母校のすぐ近くにある皇居のお堀は、目もあてられないほど真緑に澱んでいますし。。。したがって、飲水量の増加は常に新鮮尿が産生されて尿意の刺激を促すため、膀胱で“一休み”している時間が少なく、よどむことなく排泄されます。つまり、結晶が凝集してマトリクスとなる時間を与えない環境が作られるのです。
 冬から春にかけては、こうした飲水量の増加が望めなくなるために、FLUTDのリスクがあがる要因となるのです。(ちなみに、猫は犬に比べて体内の水不足に関して無頓着で、体重の4%ほどの水和不足は無視するといわれています。)
 ですから、水の確保は予防にも治療にも非常に大切です。現在、FLUTDの治療に関しては食餌療法が主軸となります。とくに缶詰フードは70%以上が水分でできており、10%未満しかないドライフードと比べると水分確保に有用なことがわかります。また、FLUTD用のフードは意図的に塩分量を増やしており、自然と水を飲ませる工夫もしてあります。

●食餌療法がカギとなるFLUTD
―特発性膀胱炎の治療―
さて、ただ膀胱炎を起こしているだけなら話は簡単です。ほとんどは非感染性と言われてはいますが、念のため抗生剤を飲ませて、FLUTD用食を与え、しっかり飲水管理をすれば、通常1週間もたつと完治します。

―尿石の治療―
が、尿石の場合はそう簡単にはいきません。ストラバイト尿石は尿を酸性に傾けて、マグネシウムの制限、尿量の増加を目的とするストラバイトケア食を与えて石を溶かすのが効果的です。しかし、溶かせきるには時間がかかります。大きさにもよりますが3ヶ月は見たほうがいいでしょう。
 もっと悪いのは溶けないタイプの尿石です。尿石症のほとんどはストラバイト(65%)ですが、そのほかのシュウ酸カルシウム(20%)やリン酸カルシウム(2%)、尿酸アンモニウム(6%)は溶けません。そうなると、完全に除去するには手術しかないのです。(もちろん結晶の状態では手術の必要はありません)

 ごらんの通り、結局のところ、FLUTDは食餌療法が軸になります食餌療法(尿pHのアルカリ化、低マグネシウム、低リン、高ナトリウムなど)と、水分の確保、そして抗生剤の投与が効果を発揮します。
血尿、頻尿、排尿困難、の3大条件のうちどれかが当てはまるようなら、効果的な治療がありますからスグ動物病院に連絡するようにしましょう。

●FLUTDと腎不全のジレンマ
 中年齢(2~6才齢)で多いFLUTDですが、こういう話をよく聞きます。
『何年も前にストラバイト結石が出来て、それ以来ストラバイトケア食を他の病院でもらっています。いま13歳ですが、いつまでこのご飯を食べさせればいいのでしょうか。』
 答えは、止めて結構だと思います。もちろんまだ結石がある場合は別ですが、そもそも猫は非常に腎不全になりやすいので、10歳を超えたら、予防的にも腎臓食に切り替えることをお薦めします。尿石予防食は、塩分たっぷりで猫にとっては結構おいしいです。しかし、しょっぱいご飯は、腎臓や心臓に負担をかけます。ほとんどすべての腎臓食やシニア食はFLUTDにも配慮した成分になっています。(それだけFLUTDが多いということですね)すでにFLUTDが直っていれば、腎臓食、あるいはシニア用のご飯に変えることを相談してみてはいかがでしょうか。

旧称FUSの時代、尿道が閉塞する原因は「尿石が先にありき」の感が強かったように思われます。現在では尿石よりも膀胱炎のほうが主因のようですが、未だ「特発性出血性膀胱炎」の原因は不明です。これが究明されなければ、「猫にまたたび」なる特効薬は生まれそうにありません。

文:小川篤志

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