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ペット豆知識No.22-異物摂取の強い味方。いざ出陣!内視鏡!-

 ここ宮崎もめっきり寒くなっています。寒い時期は食べ物がおいしくなりますね。ふぐ、牡蠣、かに、鍋、おでん、ラーメン、大根やネギ、りんごやみかん。。。もう考えただけでよだれがじゅるじゅる出てきます。よだれが出ても私たちは、決して“食べ物でないもの”を食べたりはしません。犬猫は違います。ここ最近、立て続けに“異物摂取”の症例が来院しています。釣り針、縫い針などの直接消化管を傷つける可能性のあるものから、石ころ、コイン、はたまたスーパーボールやとうもろこしの芯などの腸閉塞を起こす可能性のあるものまで、正直「またかぁ」と思うほど異物摂取が多いのが現状です。

 今回はそんな時の秘密兵器『内視鏡』について特集します。

 内視鏡の歴史は古く、古代ギリシャ・ローマ時代まで遡ることができると言われています。イタリアの古代遺跡(紀元前7世紀頃~紀元1世紀頃)からは内視鏡の原型と見られる医療器具が発見されています。近代の内視鏡の原型となったものとしては19世紀のボチニ(Bozzini)やフランスのデソルモ(Desormeoux)が尿道や膀胱、直腸、喉頭の観察を行い、特にデソルモはその器具を Endoscope (内視鏡)と名付け、現在も同じ呼び方で広く普及しています。
 本格的に内視鏡を生体に使用したのは、ドイツ人医師のクスマウル(Kussmaul)で、日本で言えば明治元年に、剣を飲み込む大道芸人で内視鏡を試みたそうです。(!)当時は硬性胃鏡といい、全く曲がらなくて硬~ィものでした。その後、試行錯誤を繰り返し現在の内視鏡へと進化しました。ちなみに、東京大学第一内科の宇治達郎医師とオリンパス光学工業(現・オリンパス)の杉浦睦夫、深海正治が1950年に発表した『ガストロカメラ』通称胃カメラは世界を驚愕させ、現在のハイテク内視鏡の元祖ともなった偉大な発明でした。世界を支える日本の技術者の珠玉の一品とも言えるでしょう。
 現在では、カプセル式の内視鏡や、ハイビジョン内視鏡超音波内視鏡、はたまた、腹腔内視鏡胸腔内視鏡など、最先端の内視鏡が開発され実用化されています。もともと、患者への危険や負担が少なく、迅速な診断をするというコンセプトのもと開発されていった内視鏡は、今日、“診断”から“治療・処置”へと目的そのものが変化しつつあります。そして、今回のテーマである「内視鏡による胃内異物の摘出」は、まさに治療を前提にした『誤飲の強い味方』なのです。

 ここ最近に来た症例をいくつかご紹介しましょう。

●症例1:石の誤飲により、他院の紹介を受けたウェルシュ・コーギー
3歳齢、未避妊メス。体重15.2kgのコーギー。石を食べたのを飼い主が発見し、動物病院へ連れて行ったところ、単純レントゲンにて胃内に2~3cmの石が2つ認められた。当たばる動物病院を紹介され来院した。内視鏡のバスケット鉗子の大きさが限られているため、なかなか石が内視鏡のバスケットに絡まず苦戦したが、1時間ほどで摘出に成功し、手術は終了。当日帰宅した。
(注)石は催吐処置ではまず吐き出せませんので、この点お忘れなく!

●症例2:五円玉を飲み込んだ5ヶ月齢のパピヨン
5ヶ月齢、未避妊メス。体重1.54kgのパピヨン。薬の錠剤を飲んだとの主訴で神宮分院へ来院。吐き気と嘔吐がひどく、来院する車中でも嘔吐。嘔吐物の中にはフードだけでなく、ヒモやブラシ、木クズ、ゴミなども混じり、様々なものを食べた可能性があった。腹部の単純レントゲン撮影と、バリウム造影を実施したところ、真ん中に穴の開いたコイン状の金属物が写っていた。血液検査上の異常はなく、当日は静脈点滴をしたまま一旦帰宅し、絶飲食を指示して翌日内視鏡を行った。形状と大きさから、コインは5円玉だと推測された。鉗子で挟みやすい形状だったため、処置は難なく終了。当日帰宅。もう二度と内視鏡とは“御縁”が無いようにしたい。
(注)本例のようにX線不透過性の異物は診断も治療方針の立て方も比較的簡単です。ピアスや爪切りなど「これも食うのか」と仰天のことも多々!

●症例3:ショートケーキを、まわりのビニールごと食べた8歳のミニチュア・ダックス
8歳齢、未去勢オス。体重5.78kgのM・ダックスフント。前日の夜9時頃にケーキと共に周りのビニールを誤食。当日朝に血液まじりの嘔吐をしたため、たばる動物病院本院に来院。レントゲンにはビニールは写らず、吐いても出てこないため内視鏡を実施。これも処置は1時間もかからずに終了。入院はせずに当日退院した。
(注)飼い主の目の前での誤食は、自信をもって内視鏡での摘出ができます。しかし、食ったか食わないか分からない、レントゲンには写らない、嘔吐が多い、元気なくなんとしても食欲がない時の(試験的)開腹の決断には往生する

●症例4:釣り針を飲み込んだ1歳齢のラブ雑種
1歳齢、避妊済メス。体重約20kgのラブ系雑種。河川敷を散歩中、リードを離した隙に走り出し、遠くで何かを食べた様子。しっぽを振りながら返ってくると、口から釣り糸が出ていた。水曜日なので、神宮分院の夜間診療へ直行。即レントゲン撮影を行い、胃内の釣り針を確認。夜10時頃から、スタッフごと本院へ移動して、即内視鏡を開始、1時間ほどで終了。休みだった院長は「過ぎる晩酌」でか眠そうな顔をしていたが、当の本人(本犬?)は麻酔から醒めると同時にしっぽを振りながら病院内を探険。元気もよく、臨床検査上の異常も認められなかったため、そのまま帰宅した。ちなみにゴールデンやラブは、ほかの犬種に比べても非常に誤食が多いため、若いうちは神経を尖らせて見張る必要がある。
(注)釣り糸も紐と同じく一方の端は直腸に向かって進むが、片方は進まない。この状態で腸をアコーデオン・カーテンのように手繰るため、腸管穿孔を招く。鉛は大きくなると胃酸で溶け出し、痙攣や徐脈など重篤で致死的な中毒症状を呈するので、ご用心!

 読んでわかる通り、内視鏡での胃内異物除去(摘出)はローリスク(low risk⇔ハイリスク)な手技です。メリットとして
・メスを使わずに済み、そのため出血がなく侵襲が少ない。動物への負担が軽減できる。
・胃・腸切開時のように感染症へのリスクが極端に低い。衛生的にも優れている。
・内蔵されたカメラから直接『目』で確認できる。
・縫合などの手順が要らず、短時間で実行できる。

などが挙げられます。
 
 しかし、デメリットもあります。
・胃より先に進んだ異物は除去できない。
・人間のようにじっとしていないため、全身麻酔が必要。
・付属の鉗子では物理的に摘出できないものもある。
・万が一出血などの事故が起きた場合、処置が限られる。結果的に開腹せざるを得ない場合も十分考えられる。
・直接手で触れるわけではないので、術者の経験とテクニックが必要。

 総合的に考えると、『メスを使わずに済む』ということは現代医学において非常に意義の高いものであり、胃内異物には内視鏡がファーストチョイスであることに異論はないのが一般的な見解です。もし、自分自身が同じ目にあうなら、間違いなく内視鏡を希望します。それは動物たちも同じなのではないでしょうか。
 しかし、いくら内視鏡が優れているとはいえ、胃よりも先に(つまり腸まで)進んでしまった異物に関しては、今のところ腸切開するより他はありません。腸閉塞がどれだけ辛くてどれだけ痛いかはご想像にまかせるとしても、腸切開は動物にとって大手術です。2008年4月からのたばる動物病院の症例だけでも、ヒモ状異物、おもちゃ、トウモロコシ、スーパーボールなど、本当に数多くの腸切開をしてきました。
 内視鏡で済んだから良かったとか、何か飲んでも内視鏡があるからいいね、などと安易に考えず、まずはペットの管理を徹底し、「内視鏡のお世話にすらならなくてよかった」と思えるように日頃からの注意を怠らないようにしてください。また、何か飲み込んだのを見たときは吐かせることで九死に一生を得ることもあります。催吐法については各種方法がありますが、竹串など先端が鋭利な物や劇物の一部は催吐処置が禁忌です。まずは動物病院に相談してからにしましょう。

 最後にまた食い物の話になりますが、院長の友人でグルメ・ドクターがいます。この時節、「脂の乗った鯖」は流涎ものですが、彼は3度も内視鏡のお世話になっているそうです。言わずもがな、アニサキス摘出のためです。日本屈指の名優・森繁(久弥)もアニサキスで内視鏡の世話になったことは有名です。内視鏡の無かったその昔には、「鯖フェチ」は割腹されていたのでしょうか? 

文責:小川篤志

※ちょっと豆知識・・・
少しだけ述べましたが、糸やヒモは腸閉塞を起こす非常に一般的な原因です。特に猫では多く見られます。なぜかというと、猫はよくヒモで遊びます。遊んでいるうちに、舌のトゲに糸が絡まり、気持ちが悪くなってもがき、もがけばもがくほど糸は絡まり奥に進んで結果的に飲み込んでしまうからだと考えられます。たかがヒモだが、されどヒモ。たった一本のヒモのためにおなかを切ることになるのは非経済的というものですね。

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