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ペット豆知識No.27-猫の腫瘍概論-(MRTラジオ5月14日放送内容)

 「たばる動物病院グループ」の猫の最近の死因を調べたところ、第1位が腎不全、2位が癌、3位が衰弱やウイルス性呼吸器疾患などによる新生仔の死亡であった。
 
 病気を治療する上で重要事項の一つは、その発生率や死亡率、あるいは特性について「疫学的」なバック・グラウンドが早急に明らかにされることである。今回の「新型インフルエンザ」でもその困難性が示されている形だ。1918年~1919年、世界をパンデミックに震撼させた「スペイン風邪」のような変異ウイルスが今回発生したのであれば、4人に1人が感染しそのうちの10分の1が死亡するとの想定もある。単純に人口の40分の1が地球上から姿を消す計算である。※スペイン風邪の実際は当時の世界人口18億のうち6億人が感染し、5,000万人が死亡。日本では1919年の第3波の犠牲が大きく、当時の人口5,500万人中48万人が死亡したと推定されている。

 人でも癌をはじめ各疾患の罹患率と死亡率を調査し、周知させることは医師のみならず患者にとっても同等に重要である。しかし、これが意外に難しい。地方の都市や村の病院と「国立がんセンター」や「癌研究会・有明病院」などでの統計的データを一概には比較できない。できないどころか、比較したら逆に危険だ。

 例えば、女性の主要部位別がんの推定罹患率を見ると、1位が乳癌、2位が胃癌、3位が結腸癌、4位が子宮癌、5位が肺癌、6位が直腸癌である(国立がんセンター、2002年)。乳癌の罹患率については、今や20人に1人という時代である。しかし、死亡率は早期発見の有無や治療の進歩、医師をはじめ施設の治療レベルなどにより、大きく異なる。女性の死亡率の第1位は大腸癌(10万人当り29.5人)、2位が気管・気管支・肺癌の27.8人、3位が胃癌で27.0人、4位が膵臓癌で18.0人、5位が同率で乳癌と肝・肝内胆管癌の17.5人であった(厚生労働省、平成19年悪性新生物の主な部位別にみた死亡数および率・人口10万対)。
 
 医療は日進月歩で進歩しているのであるから、データも年々変わってくるのは当然である。最近、病院やドクターによるランキングが一部で公開されるようになったが、切磋琢磨し、医療への競争原理の導入にやぶさかであってはならない。
 
 前回の放送では、犬の死因の第1位である腫瘍全般について述べた。前々回の放送では「猫の腎不全」について多少ふれたので、今回は、猫の死因の第2位である「癌」について、その概論を記す。

 犬猫では人の医療以上に罹患や死亡に関する正確な「疫学的データ」の集積が困難であることは言うまでも無い。2,000例を超える剖検で、10歳以上の犬の45%が癌死であったとの報告がある。年齢を制限(調整)しないと23%であった。1998年に実施されたMark Morris Foundation Animal Health Survey(2,000の応答者)によれば、犬の47%、猫の32%の死因が癌であった。

 原発部位別の猫の年間腫瘍発生率の第1位は造血系で10万頭当りの年間発生率は約200頭、皮膚の腫瘍が第2位で10万頭当り約120頭、3位が乳腺腫瘍で雌猫の約17%、4位が線維組織や脂肪組織などの結合織に由来するものが10万頭当り17頭で、これは皮膚と皮下織の腫瘍は腫瘍全体の7%を占める。5位が口腔内で全腫瘍の3%、骨の腫瘍が約4.9頭と続く。

 猫は動物の中でリンパ腫がもっとも多発し、10万頭当り200頭に発生の危険がある。猫の腫瘍の3分の1は造血系腫瘍であり、その90%がリンパ腫である。しかし、これも報告によって50~90%と幅がある。また白血病ワクチンの普及(利用)前のリンパ腫に占める白血病ウイルス陽性猫の割合は60~70%であったが、白血病ワクチンの普及や室内飼いが増えたことなどにより、25%まで減少したとの報告がある。ワクチンの有効性が見事に証明されたことになる。
 
 白血病ウイルスに感染した猫は、感染を診断してから通常2年以内にそのおよそ25%がリンパ腫を罹患するとされる。白血病ウイルス感染猫は非感染猫に比べ60倍の高リスクでリンパ腫をはじめとした造血系の癌に罹患する。猫エイズウイルスもリンパ腫のリスクに関与しており、猫エイズ非感染猫に比べ5倍高いとされる。

 皮膚の腫瘍は第1位が基底細胞腫瘍(Basal cell tumor)で26.1%(ほとんど良性)、第2位が肥満細胞腫(Mast cell tumor)で21.1%(犬と同じく悪性と捉え、早期診断と早期外科的治療)、第3位が扁平上皮癌(Squamous cell carcinoma)で15.2%、第4位が線維肉腫(Fibrosarcoma)で14.7%、第5位が皮脂腺腫または過形成で(4.4%)である。(1991年)
 
 猫の乳腺腫瘍は犬の発生率の半分以下とされるが、雌猫の17%との報告もある。悪性度は高く85%以上である。6ヶ月齢での避妊手術は乳癌の発生リスクを7倍下げたとの報告がある。また、6歳までに避妊された猫の乳癌リスクは40~60%下がるとの報告もある。いずれにしても、犬ほどではないが、初回発情前に避妊手術を受けることが望ましい。

 その他、猫の(転移性でない)原発性肝臓腫瘍や泌尿器系の膀胱癌などその他の腫瘍の発生率は、全腫瘍の約3%以下であるが、残念な事に悪性度が高い。

 最後に猫では、犬に比べ腸管腫瘍の発生率が高い。主に小腸に発生し、全腫瘍の4~9%であり、犬の3%に比べ高率である。また、猫に比較的多いとされる甲状腺機能亢進症のうち、3~5%が甲状腺癌で、70%の高率で転移していたとの報告がある。最近では18頭の甲状腺腫の全部に癌遺伝子(c-ras oncogene)が発見され、正常猫にはこれが見出せない為、癌発現遺伝子としての可能性が示唆されている。

 以上、猫の癌について概論的に記述したが、成書や文献数に限りがあること加え、内容が回顧的(retrospective)なため、10年も20年も前のデータである場合も少なくない。ここに記すにあたって、それなりの労苦を要したことを付け加えたい。

<参考図書>
1.Withrow SJ,MacEwen EG:Small Animal Clinical Oncology (3rd Edition,Saunders,2001)
2.Textbook of Veterinary Internal Medicine (6th edition, Saunders, pp653-662,
2005)
3.小動物の腫瘍学(加藤元・大島慧 監訳、文永堂、1995)

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