血液は赤血球、白血球、血小板、血漿から成る。ヒトの輸血製剤の種類には全血輸血、濃厚赤血球、濃厚血小板、新鮮凍結血漿、アルブミン製剤がある。かつては顆粒球(主に好中球)輸血も行われていたが、副作用が多いことと、G-CSF(顆粒球コロニー刺激因子=granulocyte-colony stimulating factor)が発見されたことで、現在使用されていない。
犬、猫での輸血は全血輸血が主であるものの、血漿のみや赤血球のみの成分輸血も時に実施される。血漿の成分輸血は、例えばパルボウイルス感染症で重度かつ長期の下痢・嘔吐によって、極端な低蛋白血症を呈した場合などである。この低蛋白血症には蛋白喪失性胃腸炎やリンパ管拡張症、炎症性腸炎なども含まれる。赤血球のみの輸血は、以前に輸血を受けた経緯があり、かつ血液交差試験の副試験で凝集を認めた(不適合の判定)場合に限る。(根本的には、貧血のみがあり、低蛋白症を伴っていない場合には赤血球のみの成分輸血が望ましいが、実際には、遠心分離によって赤血球と血漿を分ける必要があり、操作的にやや繁雑である。)血小板の成分輸血は、犬猫の場合、多大の供血動物を必要とすることから、一般的でない。血小板の寿命が数時間であることも実際的でない原因である。
以下に全血輸血を必要とする疾患と輸血量や輸液間隔について述べる。
<犬のバベシア症>
マダニが媒介する、Babesia gibsoniの赤血球表面への寄生(感染)によって起こる溶血性貧血である。治療薬の反応で救命できることが多い。
<猫のヘモバルトネラ症>喧嘩による咬傷やノミ、ダニによって媒介されるHeamobartonella felisによる感染症である。赤血球膜への寄生で溶血を惹き起こす。猫白血病や猫エイズ感染猫の免疫能が低下した個体に発症し易い(日和見感染)との見解もあるが、そうでないケースも多い。テトラサイクリンが奏効するが、実際は腎不全や猫白血病などを併発しているケースも少なくなく、救命できない場合もある。
<自己免疫介在性溶血性貧血(IMHA=Immuno-Mediated Hemolytic Anemia)>
自分の赤血球膜に対して自己抗体が産生され、これが抗原-抗体反応を起して、赤血球を破壊する疾患である。原因を特定できない場合が殆どであるが、バベシアなどの感染症に合併することも多い。その他、抗生物質などの薬物や新生物、免疫異常、遺伝的素因などの関与が示唆されている。ステロイド剤の効果に期待する。8~9割は救命できるが、特発性血小板減少症(ITP=idiopathic thrombocytopenia)を併発した症例では救命率が約2割に低下する。
<末期腎不全>
腎機能が低下すると、食餌量が減少し、二次的に貧血が起こる。その他の重要な要因にエリスロポエチンがある。エリスロポエチンは腎臓で生成され、骨髄に作用して赤血球の産生を促す働きがある。腎機能が低下するとエリスロポエチンの産生が低下して貧血を招く。ヒトの製剤が市販されているが、高価であることや、犬猫での効果が不明であることなどから、あまり利用されない。輸血により食欲の改善等が見られることで、全身状態も回復し、自力での造血が可能となる。
<腫瘍、特に腹腔内出血を伴う腹腔内腫瘍>
犬猫の腹腔内腫瘍は少なくない。肝臓癌や脾臓の腫瘍、血管肉腫などは比較的簡単に出血し易い。輸血によって、満足し得る延命(QOL=生活の質の向上)が可能である。特に脾臓の腫瘍では手術を考慮する価値がある。
<輸血実施の判断>
犬の赤血球の正常値は600万(㍉立方㍍)以上、猫では700~800万(同)以上であるが、一般に輸血が検討されるのは300万前後であろう。数値が200万を切るようであれば、輸血を躊躇すべきでない。
<輸血量と輸血間隔>
1回の輸血量は体重当たり10~20mlの全血を目安とすべきである。1回目の輸血から1週間も経てば、受血動物に供血動物の抗体が産生されるため、最初の5日間で2~3回の輸血を実施する。