今回は前回の「犬の発情」に続き、「犬の妊娠」について述べる。
●犬の場合、受精→着床→胎子の成長の流れは以下のようになる。
★受精
・精子は子宮内に射精(猫は膣内)され、子宮卵管接合部で選抜された後、精子自身の活発な運動により卵管に到達する。精子は雌の体内で分泌物に曝され、受精能を獲得する。雌の体内での精子の寿命は一般に24~48時間といわれているが、犬の精子は寿命が長く、約5日である。
・卵子は排卵されて卵管に取り込まれる。卵子は排卵後すぐに受精できるわけではなく、成熟に2日間を要する。その後、3日が受精可能時間である。
・卵管に到達した精子と卵子が出会い、受精する。精子は5日間、卵子は3日間生存可能なため、早い時期の交尾では交尾後数日してから受精する。一方、遅い時期の交配では交尾後数時間で受精する。このように犬の場合、交尾日と受精日はタイミングにより異なる。
★着床
・卵管内で受精が行われた後、細胞分裂を繰り返しながら子宮内へと下降する。胚はしばらくの間子宮内に浮遊しているが、やがて子宮内膜に接着し、着床する。着床までの時間は動物により異なり、犬では排卵後17~21日で着床が始まる。
★胎子の確認
・妊娠の確認
妊娠(排卵後)20日ころには胎嚢が1cm程になるため、小型犬や中型犬では腹部触診により妊娠診断が可能となる。妊娠24日ころから超音波検査にて妊娠・生存の確認が可能となる。また、胎子の眼・腎臓・肝臓の確認は39~47日で可能となる。
ただし、先に述べたように、交配日が受精日とは限らないうえ、着床までの日数にも幅があるため、妊娠と胎子の生存確認には交配後1ヶ月での来院が確実である。
・胎子数の確認
これにはレントゲン検査が適しており、妊娠45日目頃から胎子数の確認ができる。頭蓋は妊娠45~49日、骨盤は同じく53~57日で確認できる。
ただし、胎子の頭部の大きさと母犬の骨盤腔の大きさを比較し出産可能か否かの判断を行うには、分娩予定日の1週間前にレントゲン撮影を必ず行う。
・分娩間近での変化
①分娩の4~5日前から乳汁が出る、②分娩の2~3日前から「巣作り行動」をとる、③分娩の1~2日前から食欲が低下する、④分娩の当日には母犬の体温の低下がみられる、といった変化が見られるが、個体により差が大きい。最も信頼がおけるものは④の母犬の体温低下である。分娩当日の朝には平熱よりも1度弱低下する。予定日が近くなったら毎日(朝と晩)の体温測定を行う。
●犬の偽妊娠について
犬は偽妊娠(想像妊娠)し易い動物である。犬の偽妊娠では、乳腺腫大、乳汁分泌、体重増加といった徴候が認められる。(猫の偽妊娠では乳腺腫大、乳汁分泌は認められない。)
これらの偽妊娠徴候は1~3週間で改善することが多いが、長引くケースも少なくない。この場合には乳腺炎の原因となることもあるため、避妊手術の実施が必要となる。
避妊手術は偽妊娠徴候が認められる時期に行うとプロスタグランジン濃度が低下し、プロラクチン濃度が上昇するため、永久的な偽妊娠徴候を現す危険性が生ずる。これを防ぐためには偽妊娠徴候が無い時期(発情休止期)での避妊手術が望ましいが、実際には偽妊娠の終了を待てないケースも多い。
また、偽妊娠徴候の認められる犬では、①人間や他犬による乳腺の刺激、②偽妊娠犬による自舐行為、③乳腺(乳房)の温冷処置は避ける。
<おまけ>
★★妊娠中の食事
・フードの量 妊娠(受精)後4週間は非繁殖成犬用フードで十分であるが、その後は成長期/繁殖期用フードを与える。必要なエネルギー量は妊娠約40日までは非妊娠犬と変わらない。これは妊娠40日では出産時の総胎子重量の5.5%しか発育していないことからも裏付けられる。しかし、妊娠後期のエネルギー要求量は、胎子数の少ない犬でも非妊娠犬の約30%増であり、胎子数の多い犬では50~60%増にもなる。一方、エネルギー要求量は妊娠最終週に最大となるが、腹部膨大のため、摂食量は有る程度制限した方がよい例もある。
文責:獣医師 棚多 瞳