前回は犬の認知症の概要について述べた。今回は認知症の症状や病態生理についてのエビデンスについて考え、予防や治療の方策を探る。
A.症状から見た診断基準
①食欲
②生活リズム
③歩行異常
④排泄異常
⑤感覚異常(聴覚・嗅覚)
⑥姿勢の異常
⑦鳴き声
⑧感情表出(ボディ・ランゲージ)
⑨相互関係(飼い主・他人・他動物)
⑩状況判断
B.病理学的エビデンス
1988年から1997年までの10年間に死亡時までの経過観察と脳の解剖が可能であった2例の高齢犬の肉眼所見と病理所見()。
①認知症評点と老人斑(βアミロイド沈着)の頻度には関連性あり。
②重度のセロイドリポフスチン(CL)沈着も認知症となる可能性が示唆された。
③アポトーシスを示すTUNEL陽性細胞は神経細胞ばかりでなく、星状および稀突起膠細胞にも認められ加齢により増加した。
④TUNEL陽性細胞数と老人斑との相関性は低いが、認知症評点とは正の高い相関を示した。
⑤アポトーシス型の脳細胞死が高齢犬に認められる認知症の重要因子である。
⑥最高齢の25歳のマルチーズの認知症評点は50点満点中29点の低値で、脳病変も軽度であった。人間同様に個体差が大きく、飼育環境や生活状態が重要な関わりをもつ。
C.高齢犬の飼育環境・生活状況と認知症との関連性
①17歳雄の柴系雑種で家の改築による転居、15歳雄のダックスフントで主人の旅行をきっかけに認知症が始まった例、15歳の柴犬と秋田犬の雑種雌で家の前の道路工事による飼育環境の変化が症状を促進した例・・・・などなど・・・、しかし環境が全く関与していないような例もある。
②25歳のマルチーズは最後まで飼い主の厳しい躾の下で規則正しい生活を維持していた。
③主従関係が逆転していた犬では認知症の評点が高い傾向があり。
④脳腫瘍などの疾患が認知症の発症や進行に影響する。
⑤退役盲導犬や実験動物施設で飼育された犬は認知症評点が低い。
⑥実験動物施設で飼育されていたもので他の同室犬が転出してから急速に衰弱し、情動ストレスの影響を疑わせた。
⑦発症のトリガ―の一つとして季節要因があり、寒くなりはじめから発症が多くなり1月にピークとなる。暑い8月にも多発傾向あり。
D.その他の研究成果
①日本犬系の認知症犬の血中ドコサヘキサエン酸(DHA)とエイコサペンタエン酸(EPA)濃度が、非認知症犬に比べて、約3分の1で有意に減少していた。
E.予防と治療
①規則正しく、散歩や、飼い主との会話やスキンシップなどで脳を刺激する。
②薬物治療は塩酸クロミプラミン、メラトニン、塩酸アマンタジンなどがある。
③外国では塩酸セレギニン(覚醒剤指定)、ペントフィリン等が使用されているが、日本では動物薬として発売されていない。
④夜の過剰咆哮には鎮静剤や睡眠剤、麻酔剤等が使用されるが、作用時間が短時間であったり、効果が一定しないなど、思うような期待が得られない。また、これらは認知症を助長するとされる。
⑤サプリメント:ω-3脂肪酸は給与開始後1週間で効果が現れる症例もあるが、数週間を要する症例もある。全く効果の無い症例もあるが、有効率は80%を超す。
⑥サイエンスフードのb/dは給餌開始後2週目には生活リズムと鳴き声が改善、3週間には歩行や排泄、姿勢や感情表出に効果が現れ、4週目では食欲・下痢、後退行動および習得行動改善が見られ、5週目からは感覚器異常にも改善が見られた。有効率は80%。
F.まとめ
①小型犬では約12歳、中型犬では10歳前後、大型犬では7~8歳、超大型犬では6歳を目途に、認知症の症状が見られないか日頃より観察を怠らない。
②認知症の発症率が高いとされる柴犬や日本犬系雑種を飼育している場合には、ω-3脂肪酸のサプリメントや処方食を早期より開始する。
③中高齢の犬では散歩やスキンシップの増加などで脳への刺激を増やす。
④研究のさらなる進歩を期待する。
以上、上記に示した内容は主に「老化モデル動物 痴呆犬」(東京都老人総合研究所・朱宮正剛氏)、「日本における犬の痴呆」(動物エムイーサーチセンター・ 内野富弥氏)による。