乳腺腫瘍はその半分が悪性で、そのまた半分が転移する怖~い疾患。しかし、初回発情前の避妊により発生率をかなり抑えることが可能であり、乳腺の腫瘤を確認してからでも早期発見・早期手術で克服できる病気でもある。本稿では最近の一部の乳腺腫瘍を紹介するが、我が身に置き換えて、乳腺部に腫瘤を見つけたら即、来院してもらいたい。
[症例①]:14歳の未避妊のM.ダックス。近医に受診したが高齢など(詳細は不明)のため手術は不可能と言われ来院。手術の適否を決めるため各種検査を実施したところ、胸部X線検査にて左後葉に径7mmのマス状所見を認め、右の中葉~後葉には肺炎を疑わせるX線不透過性領域が存在した。1週間の抗生剤内服で経過観察し、再度レントゲン撮影にて左右の肺葉病変は縮小したため、さらに1週間の観察期間を設けて部分的乳腺摘出術(左第3~5乳腺+左第4・5乳腺+左右の鼠径リンパ節廓清)を実施。組織検査では左右計8箇の腫瘤のうち左の乳腺(径3cm)が悪性乳腺腫瘍と診断された。鼠径リンパ節への転移は無かった。術後1カ月目の胸部レントゲン所見は異状なし。※明確な肺転移が存在するのであれば手術は断念せざるを得ない。(が、腫瘍が自潰して出血するとか、あるいは疼痛を訴える場合などは例外で摘出手術を行う。常にQOLを考慮する必要がある。)本症例のように1回のX線撮影での転移判断は早合点の場合があることを知るべきである。
[症例②]:高齢のミニチュアダックスフンド、未避妊雌。1年前に乳腺の腫瘤に気づく。他院にて、手術のリスクを軽減するために数カ月間の減量(ダイエット)をしていたが、いざ手術の段階での検査で肺への転移が認められたとのこと。「どうしたものか」とのセカンドオピニオンを所望して来院。外科的切除は不適切と判断。※肥満犬であっても安全性の高い麻酔薬や麻酔法の選択によって乳腺腫瘍摘出術は可能であると考えるべきである。余程の事情が無い限り、躊躇せずに待つことなかれ・・・である。
[症例③]:9歳のミニチュアダックスフンド、未避妊雌。右第3乳腺第4乳腺間に直径約1㎝の腫瘤を見つけ来院。術前検査としてレントゲン検査を実施し、肺への転移を疑うような異常は認められないことから、外科的切除を実施。術後の病理組織学的検査では乳腺癌(悪性)と診断された。術後1カ月のX線検査では肺への転移所見は認められない。※本症例の飼い主は他に数頭の犬を飼っており、本例の手術3カ月前に同居犬の乳腺手術を実施しようとしたが、既に肺転移を認めたため手遅れと判断し、手術を断念した苦い経験がある。飼い主はこれに懲りて本例の早期手術を希望した次第である。悪性(癌)腫瘍も最初は1個の細胞が分裂・増殖して大きくなる。これを当然として「早期発見・早期外科手術」が基本ということである。
[症例④]:7歳雑種猫、未避妊雌。前胸部に3.0×4.0㎝の皮下腫瘤を見つける。細胞診を実施し、乳腺腫瘍と診断。術前検査のレントゲン撮影で肺野に転移を思わせる腫瘤病変を確認。外科的切除は不適切と判断。その後、癌性胸水が貯留。※猫の乳腺腫瘤でこのサイズまで成長すると凄くヤバイ・・・ということ。小さくても既にギッシリと肺野が糜慢性の転移に侵されているケースもある。猫の乳腺腫瘍は概ね超悪性と肝に銘じておくこと。(当然、時に転移が見られず、局所再発を繰り返す症例もあるが・・・。)猫の腫瘍の顔色やその動向は千差万別・・・なので諦めないことが肝心ということだ。
[ワンポイント講義(犬編)]
①犬の乳腺腫瘍は雌犬において最も発生の多い腫瘍である。第4、5乳腺での発生の比率が高い。
②早期の避妊手術が乳腺腫瘍の発症リスクを有意に低下させることが知られている。初回発情前に避妊手術を実施した犬では乳腺腫瘍の発生は0.005、1回目以降では0.08、2回目以降では0.26とされる(未避妊の場合を1とする)。
③犬の乳腺腫瘍では50%が悪性とされ、悪性の50%が転移するとされる。(50・50・50ルール)
細胞診では良性・悪性の判断はできない。乳腺腫瘍と他の腫瘍または非腫瘍性疾患の鑑別には有用である。リンパ節への浸潤の有無にも有用である場合がある。良性経過を辿る場合でも悪性転化を起こす可能性が示されている。
④術式には切除する範囲により腫瘤切除、単一乳腺切除、領域乳腺切除、片側乳腺切除、両側乳腺全切除がある。術式の選択にはさまざまな報告があり、症例によって最善の方法を選択する必要がある。単一腫瘍の局所的な切除後には58%で同側の残存乳腺に腫瘍の続発が見られるとの報告もあり、片側乳腺切除または両側乳腺全切除が推奨されるが、両側乳腺全切除は侵襲が大きいため単一乳腺切除や領域乳腺切除を実施することも多い。
⑤遠隔転移を起こす症例のほとんどで肺への転移を起こす。他の予後不良因子としては腫瘤の大きさが3cm以上のもの、腫瘤が境界不明瞭で周囲への固着があるもの、リンパ節浸潤が認められるものがある。また、犬では「炎症性乳癌」とよばれる悪性度の高い乳癌がある。(すべての乳腺腫瘍の4%)急速に広がり、熱感・発赤・腫脹・浮腫などがみられ、診断時には81%で遠隔転移が見られる。治療に対して抵抗性が高く、外科的切除は禁忌で予後不良である。
[ワンポイント講義(猫編)]
①雌猫における乳腺腫瘍の発生はすべての腫瘍の中で3番目に多く、リンパ腫を除く腫瘍の10%を占める。猫における乳腺腫瘍は80~96%が悪性である。
②犬同様に早期の避妊手術が乳腺腫瘍の発症リスクを有意に低下させることが知られている。生後6カ月より前に避妊手術を実施した猫では乳腺腫瘍の発生は0.09、1歳までに避妊手術を実施した猫では0.14とされる。
③猫の乳腺腫瘍の治療の第一選択肢は犬同様に外科切除だが、組織学的に悪性の可能性が高いため早期の積極的な切除が推奨される。診断時に遠隔転移が認められた場合の中央生存期間は約1ヶ月である。
[まとめ]
①乳腺腫瘍はよくある病気である。
②初回発情前の避妊手術により、その発生を相当に抑えることができる。
③たとえ悪性であっても、早期に発見して手術すれば完治する可能性が高い。
④ここに示した症例はほんの一部であり、早く見つけて手術していれば・・・と後悔するケースが多々ある。一番に悔いて涙するのは飼い主自身である。
文責:獣医師 藤﨑 由香