[症例]:12歳の去勢雄のW.コーギー。「今朝からお腹がふくれてきて、泡を吐く」との主訴で来院。
[診断]:凛告と触診から胃捻転を疑い、すぐにレントゲン検査を実施。腹腔内のほとんどを胃が占拠するほど胃が拡張(下のレントゲン写真参考)。胃捻転は生命に関わる緊急疾患のため、甚急の処置が必要となる。
[治療]:麻酔下で胃チューブ挿入し胃内圧を下げる処置を試みるが、挿入できず。胃捻転の程度が重度であると判断し、左腹壁からの胃穿刺による胃の減圧を実施。減圧後に再度胃チューブを挿入し、胃洗浄を実施。それ以後胃捻転および胃拡張の再発は見られていない。
[ワンポイント講義]:
①胃捻転は胃の膨満を伴う胃腸間膜軸に沿った胃の回転と定義される。※胃と肝臓を連結する靭帯の伸展が発症の背景にあり、その伸展は慢性的な胃拡張に起因しているのであろうか。
②好発犬種はグレートデン、ドーベルマンピンシャー、スタンダードプードルなど。大型犬から超大型犬の胸郭の深い犬で見られるとされるが、小型犬において認められるケースもしばしばある。※ある文献ではグレートデンの死亡の8割がこの疾患に因るという。最近の高齢化や認知症の増加が関連しているのか過食による胃拡張で小型犬(M.ダックスでも)にも本症例が増加している。胸の深い大型犬(シェパードやボルゾイなど)の病気と決めつけてはいけない。
③症状は腹囲膨満、腹痛、流涎、吐き気(嘔吐物はない)、虚脱など。※捻転の程度が重度であれば、胃と食道の交通は閉ざされるため、「嘔吐」は不正確な表現で「突出」が正しい。然るに「吐物」でなく「突出物」であり、その内容は空気を含んだ唾液である。禀告聴取の重要な点となる。
④胃捻転の程度や経過が長い場合には胃壁への血流が阻害され、胃の壊死や穿孔が起こる。膨張した胃は後大静脈や門脈を圧迫し、心臓へ戻る静脈血量が減少。心筋の虚血のため不整脈が起こる。※そのため一刻を争う機敏な対処が不可欠である。本症例の場合、来院から胃チューブ挿入までの時間は10~15分。触診と聴診、レントゲン撮影、血管確保と急速輸液、麻酔前投薬等投与、麻酔導入、胃穿刺、そして胃内チューブの挿入までの時間である。その間、外来の診療は中断して協力を願うことになる。
⑤場合によっては胃の位置を戻し、腹壁に固定する開腹手術を実施することもある。胃を整復・固定するだけでなく、胃の壊死部位を切除する場合や脾臓も損傷がある場合は脾臓摘出を実施することもある。しかし胃の壊死部切除症例の死亡率は30%以上であるとの報告がある。※当院の本疾患に対する治療方針は、先ずは胃チューブ挿入による治療である。再発を繰り返す場合には手術を考慮する。手術は発症時ではなく、状態が改善した後日に行うのがよろしかろう。術式はいくつか考案されているが、全身状態が改善してからの手術の場合、当院の選択術式は写真の方法である。
⑥予防が重要になる。1日2~4回に食事の回数を分け、1回の食事の量を減らす。また、食事前後の運動の制限。特に食直後運動は絶対に避ける。運動後に給餌する。危険性の高い犬種では予防的胃固定術を実施する場合もある。※これまた獣医療における「アンジェリーナ」の先取りか。獣医予防手術学の論議が盛んになってもらいたい。
文責:獣医師 藤﨑 由香