(福留)よろしくお願いします。ここ数年間で獣医療が発展してきたことで、人と同じように動物の寿命は延長しています。長生きすることにより癌や関節疾患が増加し、これらの病気は癌性痛や関節痛など痛みを引き起こします。怪我や手術も含め痛みは生活の質を落とし、体にも悪影響を及ぼすことから、動物愛護という観点からも積極的な鎮痛剤の使用が推奨されるようになりました。これから痛みのメカニズムとどのような鎮痛剤があるのかを2回に分けて紹介しますが、まず今回は痛みの発生と鎮痛のメカニズムを中心にお話します。
(戸髙アナ)動物も人と同じように痛みを感じるようですが、わんちゃんや猫ちゃんが痛がっている様子を見ると可哀そうですよね。そもそも痛みというものは、どのようにして感じられるのでしょうか?
(福留)体の細胞はなんらかの傷害を受けると細胞自体が興奮し、例えばプロスタグランジンやブラジキニンなどの様々な痛み物質を出します。この痛み物質は次に痛覚神経を興奮させ、その興奮は大脳皮質感覚野というところまで伝えられて痛みとして認識されます。このため、痛みを取り除くためには、細胞自体の興奮や神経の伝達を抑えたり、大脳皮質感覚野そのものを眠らせる必要があります。
(戸髙アナ)具体的には、どんな方法がありますか?
(福留)いくつかの方法がありますが、痛みの鎮痛メカニズムとしては、局所麻酔、全身麻酔、モルヒネなどのオピオイド、ステロイド、非ステロイドに分けられます。順をおって説明しますが、まず皮膚を縫うような怪我をしたときに痛み止めとして注射を打つことがあると思います。これが局所麻酔で、細胞を麻痺させて痛覚神経が興奮するのを抑制します。手術の時などにかける全身麻酔は、大脳皮質感覚野を眠らせることで痛みの認識を抑制します。鎮痛剤としては、オピオイド、ステロイド剤、非ステロイド剤があり、オピオイドに代表されるモルヒネは、オピオイド受容体というものにくっつき神経の伝達を抑制します。ステロイド剤は、強力に炎症を抑えることで炎症による浮腫からの痛覚神経の圧迫を解除します。最後に、非ステロイド剤はシクロオキシゲナーゼという合成酵素を阻害し、プロスタグランジンなどの痛み物質の産生を抑制することで鎮痛効果を発揮します。
(戸髙アナ)鎮痛剤と一言で言ってもいろいろな種類があるんですね。
(福留)お薬だけでなく、私たちの体は無意識に痛みから身を守ることもあります。スポーツ選手が試合中に複雑骨折したにも関わらず、さほど痛みを感じなかったというのを聞いたことがありますが、みなさんも大きな怪我の割に痛みは少なかったという経験はないでしょうか?これは、体が活発に動いているときに出されるノルアドレナリンや、過度なストレスがかかった時に出されるエンドルフィンやエンケファリンなどモルヒネと同様の作用を示す内因性オピオイドによって痛みの伝達が抑制されるためであると言われています。内因性オピオイドに関しては、ランナーズハイというものを聞いたことがないでしょうか?モルヒネは鎮痛効果のほかに多幸感をもたらしますが、内因性オピオイドも同じで長時間のマラソンで気分が高揚してくるのはこの内因性オピオイドが働いているためであると言われています。
(戸髙アナ)お薬に頼らず、意識的に痛みを和らげる方法もあるんですか?
(福留)子供の時、痛いの痛いの飛んで行けーと皮膚を擦られた経験はないでしょうか?皮膚には触覚を感じ取る太い神経が分布しており、痛覚神経よりも太いこの神経を刺激することで、大脳皮質感覚野には触覚が優先的に伝えられ痛覚神経の伝達は抑制されます。痛みのゲートが閉ざされるという意味で、これはゲートコントロールと言われる立派な鎮痛方法なのです。
(戸髙アナ)普段何気なく皮膚を擦ったりしていましたが、これなら私たちでも簡単にできますね。
(福留)ただ、このゲートコントロールはほんの気まぐれ程度と思ってください。痛みで元気や食欲がなくなり生活の質が落ちているのであれば、やはり積極的に鎮痛剤を取り入れて痛みをコントロールしていくことをお勧めします。具体的にどのような鎮痛剤が使われているのかは次回お話したいと思います。
文責:獣医師 福留 希慧