ミニチュア・ダックスフントが超ブーム犬種となったのが何年前だろうか?。このところの診療ではM・ダックスの椎間板ヘルニアが目立って増加した印象だ。5歳前後を過ぎると2、3頭に1頭は背部圧痛(バックペイン)や歩様蹌踉、後肢の不全あるいは全麻痺膀胱麻痺(排尿困難)、深部痛覚の消失の症状で来院する。
椎間板ヘルニアの神経麻痺の程度は5段階に分けられる。Ⅰ度が脊椎の疼痛(背部圧痛=バックペイン)、Ⅱ度が運動失調・不全麻痺、Ⅲ度が完全麻痺・随意運動不能、Ⅳ度が排尿不能、Ⅴ度が深部痛覚の消失である。Ⅰ~Ⅲ度では、1週間~10日間の安静(ケージレスト)とステロイドやビタミンB剤の投与などの内科(保存)療法を行った場合の治療成績を外科手術療法を選択した時の成績と比較すると、リハビリに要する期間が内科療法の方が長いが、両者の治療成績(通常の生活に問題が残らない事)に数値的な大差はなく改善(84~100%)がみられる。。
そこで問題なのがいつ、如何なる時期に手術に踏切るかである。Ⅴ度の深部痛覚の消失した症例では一般に早々の手術が必要とされている。Ⅴ度の内科療法(保存療法)では治療の成功率は10%を下回る。Ⅰ~Ⅱ度でも安静や内科療法に反応しない場合、特に痛みが緩和されなければ手術を躊躇すべきでない。手術は脊髄を露出させるため、いくつかのリスクを伴う。私の経験では脊髄造影のリスク、手術中の神経刺激や術後の出血が問題と考える。(表を参照のこと)
脊髄造影は腰椎間より注射針で脊髄軟膜と硬膜の1ミリあるかないかの僅かな間隙(クモ膜下腔)に造影剤を注入する。高度なテクニックが必要である。MRIもしくはCTがなければ手術部位の特定には欠かせない検査である。
神経刺激に関しては外科手術の基本中の基本であるGentle(優しく)であることに心掛け、前日のアルコールを控えて集中力を高めればクリアーできる。
手術中の出血コントロールは可能だが、術後に起こり得る脊髄の腹側直下にある静脈洞からの再出血は、動物が術後に安静にしてもらう事が重要である。術後3日間はじっとしていてもらいたい。止血剤の投与も必須だ。人間の場合も術後の脊髄周囲からの出血は逆に脊髄の圧迫を惹き起こすことにつながり、重大な術後合併症の一つである。
術後は5日から7日の入院で退院可能である。術後15日程度で全抜糸を行い、術後は5~7日からリハビリの毎日だ。リハビリは麻痺の程度により、湯槽(ゆぶね)での遊泳運動から、タスキ様の布を両股に通して吊りながら歩行・屈伸させる方法、飼い主の手で直に後肢を屈曲・伸展させる方法などがある。
手術をしてもしなくてもこのリハビリが日常の生活を取り戻せるか否かの重要なポイントとなる。半分以上がリハビリに依存していると言っても過言でない。特にリハビリ開始からの2週間は他の事そっちのけでリハビリに専念すべきである。自宅で不可能なら昼間動物病院に預けて病院のスタッフにやってもらうことを勧める。
写真は最近、たばる動物病院で手術した症例の手術前の脊髄造影と手術中のものである。手術が必要な箇所は、椎間板が石灰化している部位(第12胸椎-第1腰椎間、第1腰椎-第2腰椎間の2箇所)ではなく、真の脊髄圧迫部位は第2第-3腰椎間(矢印)であることが判る。
術式は片側椎弓切除によるもので、白く横長の部位が露出した脊髄(矢印)である。この症例では突出した椎間板物質そのものの摘出も行った。本症例は術後経過良好で術後6日目に退院した。
表.治療の成功率(%)と回復に要する期間(週)(Davies and Sharp 1983)
内科療法
Ⅰ度 100% 3週
Ⅱ度 84% 6週
Ⅲ度 100% 9週
Ⅳ度 50% 12週
Ⅴ度 7%
外科療法
Ⅰ度 100%
Ⅱ度 100%
Ⅲ度 95% 1週
Ⅳ度 90% 2.5週
Ⅴ度 50% (48時間以内の手術)2週
6% (48時間以上経過しての手術)