今回は皮膚・皮下織のしこりの診断・治療について書いてみたい。
しこりは専門的には腫瘤という。一般に英語ではMassと呼ぶ。腫瘤は大きく腫瘍(Tumor)と何らかの炎症(Inflamation)によるしこりに分けられる。腫瘍は、別名新生物(Neoplasia)ともいい、良性(Benign)と悪性(Malignant)に分かれる。
イヌの皮膚・皮下織の腫瘍は全ての腫瘍の30%を占める。乳腺腫瘍に次いで2番目に多い。避妊手術をしていない雌イヌの約50%が罹患する乳腺腫瘍(次回のテーマ)を加えると、実にイヌの腫瘍のほぼ半分が体表の腫瘍である。
イヌの皮膚・皮下織に多く見られる腫瘍の具体的名称は、乳頭腫(いわゆる疣=イボ)、皮脂腺腫、脂肪腫、組織球腫、肥満細胞腫などである。
一方、ネコの皮膚・皮下織の腫瘍は悪性リンパ腫や血液(リンパ系)の癌に次いで2番目に多い。乳腺腫瘍は3番目である。
ネコの皮膚・皮下織の腫瘍は全腫瘍の15~20%を占め、基底細胞腫、扁平上皮癌、繊維肉腫、肥満細胞腫が多いとされる。
腫瘍の発生率をヒトと比較すると、イヌは2倍の腫瘍が発生し、逆にネコでは人の半分の発生率である。
そこで最も肝心なことであるが、生死にかかわる皮膚・皮下織の腫瘍の悪性率は、イヌで20%、ネコでは65%に上る。
腫瘍はヒトと同様に年齢と共に発症率が高まるため、伴侶動物として高齢化した昨今は、毎日のように「このしこりは何ですか?」、「この1、2週間で急に大きくなったのですが、まさか癌ではありませんよね」などの主訴で来院する。
咬傷や外傷、異物などが原因する炎症や化膿(膿瘍=Abscess)の結果として腫瘤化し、来院する患畜も少なくない。都会と田舎では飼育環境が異なるため、罹患率は不詳だが、宮崎のネコについては腫瘍よりも多発すると考える。
診断は細胞診と組織診断による。細胞診は通常、動物に対して麻酔は不要であり、手技も簡単だが、組織診断は鎮静や局所麻酔、場合によっては全身麻酔が必要となる。
細胞診は注射ポンプと注射針(写真1)が有れば、獣医師なら誰でも簡単に実施できる。広めに消毒をして、2.5mlか5mlの注射ポンプを刺し、ポンプの内筒を引いて、ポンプ内を真空状態とし、針先を数方向に変えて針の中に組織を吸引する。この手技を針吸引生検と呼び、横文字ではFine needle aspiration biopsy(FNA)となる。このようにして採った組織(細胞)をスライドガラスに載せ、染色後顕微鏡を覗いて診断する。
組織診断は一般にファースト・チョイス(First choice)ではないが、手術禁忌の炎症性乳癌や断脚等の重大な決断を要するケースでは、その診断を急がなくてはならない。組織の採取は鋏やメスで外科的に行うか、バイオプシー・ガン(Biopsy gun)(写真2)を使用し、Core(Punch)=として爪楊枝程度の組織を採取してホルマリン固定した後、検査に提出する。
細胞診の真の確定診断確率は約80%で、20%は診断が不可かもしくは誤った診断であるが、簡単・迅速でコストがかからないという利点がある。組織診断の確定診断率は100%と考えてよい。治療方針を決定するのにこの80%は、臨床上満足できる数字である。
炎症や膿瘍の診断は比較的容易だが、腫瘍の場合には、必ず、専門的知識をもつ獣医師や信頼のおける獣医の検査機関に診断を仰がなくてはならない。ヒトの検査機関に依頼してはならない。
良性か悪性かは天と地の差である。良性であれば、腫瘍のみの摘出でサージカル・マージン(Surgical margin)はさほど取らなくてよい。
悪性では最低3cmのサージカル・マージンが必要となる。腹部など皮膚に余裕がある部位はあまり困らないが、四肢や顔面では難渋する・・・困り果てる・・・しばらくの悩みの種となる。
皮膚や皮下織の腫瘍は幸いにも触知可能である。年齢にかかわらず最低週に1回は全身の皮膚を軽く手で触って診るべきである。若齢でも悪性腫瘍のリスクがゼロではない。ついでに口腔内のチェックも忘れないことだ。特にイヌの口腔内腫瘍は全腫瘍の6%を占め、4番目に多い腫瘍である。黒色腫(メラノーマ=Melanoma)や扁平上皮癌、繊維肉腫などの悪性腫瘍がある。イヌでは鼻腔内腫瘍も多いので、鼻梁の盛り上りにも気を付けなければならない。
ヒトと同様に、腫瘍は早期発見、早期外科的摘出・切除が鉄則である。皮膚・皮下織の腫瘍は、悪性であっても、拡大手術(適切なサージカル・マージンの確保、皮膚移植の実施など)や付属リンパ節の廓清により完治する場合が少なくない。発見したら迷わず、できる限り早めに病院に行くべきである。