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ペット豆知識No.17-咳は万病の証(あかし)です-

 だんだん寒~くなってきました。季節の変わり目といえばカゼ、カゼといえば咳。
ところで犬の咳はどんな風にするか知っていますか?猫の咳はどんな風にするか知っていますか?

 いままでのペット豆知識では、特定の病気(病名)についてフィーチャー(feature=連載)してきましたが、今回は『咳』という症状に焦点をあててみることとします。体はなぜ咳を出そうとするのか。何が原因で咳が出るのか。咳のメカニズム、そして咳を起こす病気の種類など、あなたはペットの咳をどれだけ理解してあげているでしょうか。

 咳とは不思議なもので、人間では単に病気によって起こるものではない場合があります。たとえば、咳によって人の注意を引こうとしたり、緊張をほぐしたりすることがそれにあたります。せきばらいなんかはその代表例ですよね。文献では犬でも飼い主の注意を引くために咳をすることもあると記載されていますが、実際には断言できるとは考えにくく、つまり動物は『セキ=何かしらの疾患』というように考えたほうがよいでしょう。

 発咳(はつがい)つまり咳は、声門を閉鎖したあと呼吸筋によって肺の内圧を上昇させ、その後一気に声門を開くことで爆発的に空気を噴出させる反応で、その時速はなんと900km以上(!)にもなると言われます。咳は体内のもっとも強力な反射のひとつで、肺への異物混入を知らせる警報システムと防御システムを兼ねた非常に高度な反射です。
 咳は、喉頭部、気管、気管支の興奮によって生じ、迷走神経、三叉神経、舌咽神経、横隔神経を介して延髄にある咳中枢に伝わり、それが声帯、肋間筋、横隔膜、腹筋が運動することで起こるのです。

 気管支には多くの刺激受容器(irritant receptor)とC線維(C-fiber)があり、それぞれが、埃、異物、物理的刺激や化学的刺激(刺激性ガス、水、酸など)、冷気、炎症、粘膜の浮腫などによる刺激を感知することで初めて激しい咳反射を起こすのです。咳のあとに嗚咽(おえつ)が出やすいのは、嘔吐中枢であるCTZ(化学受容体引き金帯)の近くに咳中枢が存在するためで、別に周囲に大げさなフリをしているわけではありませんよ。
(警報システムである一方、咳のしすぎは、気管の炎症を起こしたり、過敏状態にさせたり感染を拡大させることもあります。)

 咳の警報が鳴ったということは呼吸器系における何かしらのトラブルが発生しています。では、どんなトラブルがこの咳という警報を鳴らすのでしょうか。以下にその原因をあげてみます。

・気管炎:過度の無駄吠えやホテル時の分離不安による吠え過ぎ。 散歩時のリードの引っ張り過ぎ。これらの原因による気管の炎症は意外に多い。
・肺炎、気管支炎など呼吸器系の炎症。(誤嚥、ウイルスや細菌などの感染による)
・うっ血性心不全(MR:僧帽弁閉鎖不全、拡張型心筋症、犬糸状虫症など)
・気管虚脱
・気管の低形成
・腫瘍(原発性肺腫瘍、または転移性肺腫瘍)
・肺水腫(心原性、電気コードを咬む、気道閉塞、ケイレン、頭部外傷など)
・肺血栓塞栓症
・食道内異物、炎症、腫瘍、また、食道拡張症
・寄生虫性(肺吸虫、肺虫などの寄生。まれ。)
・気管支喘息、好酸球性肺炎などのアレルギー
・刺激性ガスの吸引
・液体や固形物の吸引
・外傷

などなど。
さらに、状況別に出るセキの種類という観点からもまとめてみましょう。

●夜に多い咳:心疾患、気管虚脱、肺水腫など
●昼夜を問わない咳:アレルギー性、肺炎、感染症、腫瘍など。
●運動や興奮時:心疾患、気管虚脱、首輪による咳
●飲水時:誤嚥、気管虚脱
●食事中やその後の咳:気道閉塞、食道梗塞、誤嚥、喉頭麻痺、巨大食道症(食道拡張症)、食道狭窄症など

 もちろん全てが確実にその瞬間に咳をするとは限りませんし、状況によっては組み合わさって出る場合もありますが、教科書的にはこう分類されるので参考にしてみてください。

 そもそも、咳には湿性乾性の2種類があり、文字通り、湿ったような咳(ぜえぜえという息づかい。痰がからむような呼吸)と乾いた咳(ケホケホしたような、いわゆる一般的なセキ)とでわけられます。湿性には、肺水腫や、肺炎、寄生虫性などがあり、乾性では気管支炎、心臓性(心肥大による)、ほとんどのアレルギー疾患、肺の異物、腫瘍、気管虚脱などがあります。

 総じて湿性の咳は気管支や肺の実質(=肺胞)に痰やなんらかの水分などが溜まることで起こるため、緊急性が高いものが多く、特に肺水腫は救急疾患の代名詞ともいえる非常事態です(心不全による肺水腫のほかにも、電気コードをかじって感電しても肺水腫となる)。チアノーゼを起こして舌が紫色に変色し、呼吸状態が劇的に悪化するのが特徴です。
 肺炎も原因はさまざまですが、その日のうちに致死性に悪化する傾向があるほどで、これも見逃せません。特に子犬では犬ジステンパーや犬アデノウイルスⅡ型感染症、犬パラインフルエンザなどのウイルス疾患によって致命的な肺炎を起こす場合があります。Kennel Coughと呼ばれ、犬舎やペットショップなどで蔓延しやすい集団感染する可能性のある感染症です。 
 我々がもっとも警戒するもののひとつに誤嚥性肺炎があります。特に麻酔後は声門(気管の入り口)の開閉が不自由で、異物を吸引したり誤嚥(ごえん)してしまいやすくなります。術前に絶食するのはこのためです。とくに胃酸の吸引(酸吸引性肺炎)は危険で致死的になることもしばしばあります。

 乾性の咳で考えられるセキのひとつには心肥大があります。心疾患が進行し肥大してくると物理的に気管を圧迫してセキが発生します。とくに僧房弁閉鎖不全症による左心房肥大での咳は非常に多い疾患です。気管を物理的に圧迫する…といえば、散歩時に首輪を強く引っ張ることでもセキをしますね。これらは、運動や興奮によって悪化します。

 気管虚脱とは、気管が軟骨の支持を失ってぺちゃんこになる病態で、これは、Goose Honkと呼ばれる、ガチョウの鳴き声のようなガァガァという感じの咳をします。ポメラニアン、ヨークシャー・テリア、チン、パグ、シーズーなど、小型愛玩犬腫や短頭種によく発生します。短頭種は、短頭種症候群という呼吸器系のハンデをもっていて、外鼻孔狭窄、扁桃拡張、軟口蓋過長症、声門の狭窄、外側喉頭小嚢外反、そして、喉頭・気管の虚脱で特徴付けられます。まあつまり早い話、呼吸器系が極度に弱いのです。気管虚脱は上記の犬種のほかトイ・プードルや無駄吠えの過ぎる犬、肥満犬に多いのも特徴ですよ。

 もちろん、肺がんでも咳が出る場合があります。犬は人間と違って肺が原発の腫瘍は少なく、骨肉腫や乳腺などの腺癌などから肺転移する二次性の腫瘍によるものが殆どを占めます。
 猫での喘息も散見されます。ロイコトリエンという物質が喘息を発生させると考えられていて、タバコ、ハウスダスト、埃(特に砂のトイレの粉が舞うこと)、花粉などが原因とされていますが、実際にはよくわかっていないのが現状です。シャム猫あるいはシャムの雑種に多いようです。

 さて、序盤で犬猫の咳はどのようなものなのか聞きましたね。わざわざ質問するということは、人間のようにごほっごほっと咳き込むのではありません。なかなか活字で表現するのは難しいですが、犬は「ヘェッ!へッ!!!」といった感じです。猫の咳はめずらしく、ちょっと変わっています。高い音で「ヒィッ!ヒィッ!ヒィ!」そんな感じでしょうか。
 案外、飼い主は咳を咳と認識せずにつれて来ることが多いです。吐いてるとか、変な声で鳴くとか、咳とは関係ないことを主訴にしてきます。どうも違うと思って、こんな鳴き方じゃないですか?といって「ヘェッ!へッ!!!」と真似してみせると、「あー!それですそれ!」なんてことも度々あります。

 咳は病気のサインです。咳に気づいたら何かの病気が潜んでいます。原因はさまざまで、それは獣医師でないと判断は難しいでしょう。中には肺水腫のように非常に緊急性が高いものもあります。インターネットで、例えば、このペット豆知識で書いてあったからといって、飼い主さんが独断で診断を下すのは危険なことです。あくまで、『豆知識』のレベルにとどめて頂き、様子がおかしいとおもったら必ず動物病院に連れて行き、獣医師の判断を仰ぐようにしましょう。

文:小川篤志

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