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ペット豆知識No.20 -小型犬に多く見られる膝蓋骨脱臼は「生活習慣病」の範疇なの?

●はじめに
 膝蓋骨は大腿骨と下腿骨との関節(膝関節)の前方(頭側)に位置し、大腿四頭筋の終止腱内での骨化した器官です。その役割は大腿四頭筋の引っ張る方向を変化させ、膝関節の前方および回転の安定性を保ち、屈伸運動における腱や靭帯にかかる力を分散させることとされています。一昔までは「脚気」の診断の補助として打診槌で打たれるところが膝蓋靭帯(=直靭帯、膝蓋腱ともいう)で、これと大腿四頭筋の連結部に位置し、要は、膝関節の動きをスムーズにしている器官です。
 犬ではこの膝蓋骨が内方あるいは外方に外れてしまうことがしばしばみられます。ポメラニアン、トイ・プードル、ヨークシャー・テリア、マルチーズ、チワワなどの小型犬では内方に、大型犬であるグレート・ピレニーズでは外方に脱臼します。日本犬ではに多いと思います。
※われわれ獣医師は膝蓋骨脱臼のことを単に「パテラ」と呼ぶことが通常です。これは膝蓋骨が英語でPatellaだからです。
※大腿四頭筋とは大腿直筋・外側広筋・内側広筋・中間広筋の4筋をいう。

 ここでは臨床上、特に重要な小型犬の膝蓋骨内方脱臼について記載します。

●先天性膝蓋骨内方脱臼(Congenital medial patellar luxation)の原因
 この疾患の原因は、前述の犬種特異性があること、出生時または生後1年以内に左右両側性に発症する例が多いことなどから、遺伝の関連性が強く示唆されています。遺伝的な要素により、(1)大腿四頭筋の配列異常、(2)大腿骨骨頭の異常、(3)滑車溝(膝蓋骨が正常に納まっている場所)が浅い、(4)大腿骨・脛骨の変形・・・などの異常がおこり、内方に脱臼します。これらの異常が生じるのは、一次的か二次的かははっきり断定できませんが、要は、結果として膝蓋骨が内方に外れてしまうのです。以上より、この疾患の正式名称は「先天性膝蓋骨内方脱臼」となります。

●膝蓋骨外方脱臼の程度と症状
<程度の分類>膝蓋骨脱臼は4つに程度分類されていますが、これは手術の必要性や程度の進行(悪化)を判断する上で重要となります。グレーディングはいくつか提唱されていますが、大きな差異はないため、最も古くて現在もよく引用されているSingleton(1967)の分類を示します。

グレード1:膝蓋骨は手で押すと脱臼するが、手を離せば正常位に戻る。
グレード2:膝蓋骨は膝を屈曲するか手で押せば脱臼し、膝を伸展するか手で押せば整復する。
グレード3:膝蓋骨は常に脱臼したままで、手で押せば整復が可能で、手を離せば容易に再脱臼する。
グレード4:膝蓋骨は常に脱臼したままで、手で押しても(手術以外何をしても)整復できない。

<程度と症状の関連>
症状はもちろんグレードが進む程悪化しますが、特に2度と3度は膝蓋骨が外れるときの膝蓋骨と滑車との摩擦による損傷や大腿四頭筋や周囲の靭帯などの支持組織、膝関節内の格靭帯の過伸展・伸長などによって「痛み」が生じるため、「びっこ」(専門的には跛行という)を呈するようになります。

グレード1:通常の運動では臨床兆候なし。支持組織に力がかかる状況が続けば、臨床症状は悪化し、グレードが進展する。
グレード2:時々「スキップ」し、間欠的な「びっこ」を呈する。
グレード3:しばしば跛行を呈し、支持組織に力がかかっている場合には絶えずハ行の状態にある。
グレード4:常に跛行を呈し、見るからにO脚で、正常な歩様とは明らかに異なる。膝関節の伸展は不可能で、かがんだような(クラウチング=Crouching)姿勢で歩く。

●治療法
<内科的治療法>
 小型犬の本症は実に多数で日常茶飯事に見られます。上記のグレード基準に沿って正確に判定した場合、明らかに正常の犬、すなわちいくら力を加えても膝蓋骨の脱臼を起こすことが不可能な犬の方が少ないと考えてもいいくらいです。グレード1~2の症例で「びっこ」を呈する場合も茶飯事です。この場合の多くは5日~1週間程度の安静(ケージ・レスト=cage rest)で「びっこ」は消失し、問題なく正常の歩様になります。このような状況が間欠的にみられる症例ではソファーや椅子、ベッドなどからの飛び降りやその逆、階段の昇降などは厳禁です。肥満も禁物。ボール遊びやガタガタ道での散歩なども避けなければなりません。軟骨の再生を促進させるグルコサミンなどのサプリメントが奏効する場合も少なくありません。

<外科的治療法>
 上記グレードの判定基準やそれに準じて提唱されている手術法に関して、そのまま納得している獣医師は少ないと考えて下さい。さらに言えば手術の是非判断や手術手技の選別は個々の獣医師によって見解が違うのが、この疾患の特徴と思って結構です。手術はどのグレードでも可能で、膝蓋骨を滑車溝の上に納め、大腿骨と下腿骨の軸を真直ぐにできれば成功で、術前よりもスムーズな膝関節の可動と歩様が得られます。ただ、十分な知識と技術を習得した獣医師でないと、逆に膝蓋骨が外方に脱臼するなど手術の合併症も起こり得ます。
 ここからは、私見が加わりますが、グレード2~3で再三の疼痛を伴うケースや、検診でグレードが進む症例では手術を検討すべきですが、しばらくは経過を観察し、獣医師と十二分に意見を交わすことが必要です。安易に早急な手術はせず、「セカンド・オピニオン(Second opinion)」を求めるのが賢明でしょう。たとえば10歳以上であれば体重を減らすことで、あるいはサプリメントを与えることで寛解(とりあえず痛みが消失し「びっこ」もなくなる)することも少なくありません。逆に3歳とか5歳で再三病院に来る例であれば、余生が長い訳ですから、手術をしてあげた方が良い場合もあります。
 しかし、手術を絶対しなければならないケースも勿論あります。最初のワクチン接種の2~3ヶ月齢で来院した時点で、既にグレード3以上であれば手術をするべきです。グレード3~4ならば、成長に伴い、日を追うように変形(0脚)が進むので、早急な対応(手術)が必要となります。1歳未満、場合によっては1歳を過ぎてもグレード2以上で来院した症例では、その後の成長で悪化する可能性は十分にあるので手術の選択を考慮すべきです。ただし、一度の手術で問題を解決しようとせずに、数回の手術も念頭に入れるべきです。術式については図で示しますが、成長期の場合には、成犬と同様に数種の術式を組み合わせて一遍に片付けようとすると、逆に外方脱臼を招くなど、二進も三進も行かなくなりかねません。焦らないことです。成長期のグレード2については、成長に伴いグレード1へと改善される症例も見られるので、検診で経過観察とすべきです。
 術式は、(1)脛骨稜を外側に転移(移動)させて後肢の軸を直線化するとともに、膝蓋骨の滑車溝への納まりを良くする、(2)滑車溝を深くして膝蓋骨の納まり具合を良くする、(3)外側の関節包を縫縮して膝蓋骨を外側へ引っ張る、・・・など・・・さらなる「大技の出番」が必要な場合もあります。この疾患では多くの場合(1)~(3)は「必須の技」と考えて下さい。後付けで、これも「私見」ですが、今回は「経験」も入ってます。「私見」も「経験」も大事ということで・・・・・。
※成長期:犬で骨(格)の成長が止まるのは小型犬では生後約15ヶ月、大型犬では生後18ヶ月程度(個体差あり)と考えて下さい。

●おわりに
 18歳で大学に入学して、2年生の終りに研究室に入り、24歳で獣医師になり、28歳で給料をもらい始め、来年には五十路に突入します。われわれが学生の頃は牛を主とした産業動物が盛んで、私も田舎に帰って牛の獣医師をすることを、大学6年生まで考えていました。研究室は臨床系で、「社会にでたら多分、生涯犬猫の診療をすることはないだろうから、学生時代に少しでも犬猫をさわっとくか」というくらいの気持ちで、過ごしていました。今思うに、その当時の犬猫の診療は本当に「走り」で、今に比べたら「稚拙」だったかもしれません。この30年間で正しく隔世の進歩を遂げてきました。
 膝蓋骨脱臼においても、次から次へと「新しい術式」が報告され、その度に手術をしてきました。これは私に限ったことではないと思います。しかし、最近はこの疾患が生活の質(Quality of life)にそれほど支障を来たすものではないように考えています。
 それよりも、「生活習慣病」的に捉え、前述の点に留意すれば、多くの場合手術をせずに天寿を全うできると考えます。言うまでも無く、グレード3以上の例に関しては繁殖へ供することは避けるべきと考えますが。

 追記1:今回は「院長コラム」かと思われるかも知れませんが、本「豆知識」は最新の情報掲載に努め、私見を排除するよう心掛けています。今後とも御愛読下さい。

 追記2:本・豆知識No.20は1度アップしたものの、何かの不手際で「解読不能暗号文章」になり、今回一から書き直したため、掲載が遅れました。お詫びします。

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