[質問]
「我が家の愛犬は14歳になるミックスの体重12キロの中型犬です。健康とは言え今まで日々食べていた握り寿司位の量のゴハン&動物病院のシニア用のフードを混ぜて与えています。しかし、最近食にムラが出て、便通の変化や胃腸障害が出たり、白内障の視力低下で夜間の散歩時に溝に落ちたり、寝ている時間が多くなるなど、徐々に老化を感じています。そこで質問ですが、今一番心配なのは老齢なので「認知症」と、冷房のない家の中で飼っているので「熱中症」です。避けて通れない問題なので、症状や対処法を教えて下さい。」
[返答]
●最近の猛暑、犬の「熱中症」のシーズン到来!「熱中症」とまではいかなくとも「夏バテ」のペットの来院が増えています。車のボンネットに閉じ込められ、体温が42℃に上昇した猫。家に帰って見たら、室温がかなり上昇し、ぐったりと伸びていた犬や猫。
●「熱中症」はもっぱら犬の病気だと思っていましたが、異変でしょうか、今年は猫が増えています。「猫はお暑いのがお好き」(お熱いではない)などと考えないのが重要です。
●老齢や肥満、腎不全などの持病をもったペットはさらに要注意です。これからの猛暑の中、14~15歳以上の犬を外で飼うことは「虐待」です。可能な限り、室内で飼ってあげましょう。
●先ず「熱中症」ですが、数週間前に番組で放送済みですが、その詳細は現在もネットで見れますので、会社か友人に頼んでコピーしてもらうことを勧めます。この時期、特に老齢犬では室内でもクーラーがないと結構しんどいと思います。できるだけ日当たりの悪い部屋で、窓を開けて風通しを良くし、遠くから扇風機を弱めに当てるのもいいでしょう。お金のかからない「お勧め」は、ペットボトルに水を入れ冷凍したものを2~3個犬の傍に置くことです。水は自由に飲めるように多めで、氷を入れておくのも良いと思います。
●2番目の質問の「認知症」ですが、人の場合と同様、問題の大きな「疾患」の一つとして、最近、その重要性が増しています。
●犬の「認知症」の定義は現在のところ明確なものがありません。人では皮質性疾患による認知症であるアルツハイマー型認知症が代表的ですが、その他この範疇にはピック病やびまん性レビー小体症、進行性核上性麻痺、パーキンソン病、ハンチントン病などがあります。その他の分類として、脳梗塞後の認知症やビンスワンガー病などの脳血管性認知症、脳代謝性認知症(肝性脳症、低酸素脳症、尿毒症性脳症、ビタミン不足で起こるウェルニッケ脳症、甲状腺機能低下症など)、正常圧水頭症、脳腫瘍などによる認知症、慢性硬膜下血腫による認知症、感染性疾患による認知症(ウイルス性脳炎の後遺症、エイズ、クロイツフェルドヤコブ病=狂牛病と類似、脳梅毒など)、薬物による認知症(多量の精神安定剤、降圧剤で血圧を過度に下げすぎた場合、糖尿病の治療薬で低血糖になっている場合など)、ビタミン欠乏症(ビタミンB1、B12、葉酸などの欠乏)、低酸素症による認知症(心不全や呼吸不全、重度の貧血)、電解質異常による認知症(血液中の電解質のアンバランス)が考えられています。
●この中で最も重要なものが、アルツハイマー型と脳血管性認知症です。犬でも年齢が進むに従い、脳にβ-アミロイド(Aβ)という蛋白質が蓄積して「老人斑」を形成するという病理学的な共通点があります。Aβは加齢に伴って、神経ニューロンの内部および周囲に沈着して神経線維の刺激伝導系を障害し、脳の機能低下を招き、様々な症状を呈します。症状とその程度はAβの沈着部位と量で決まります。
●犬の脳のアミロイド沈着は人のモデルとして研究されています。
●「認知症」は犬や猫など様々な動物で見られますが、特に柴犬や日本犬系雑種での発生率が高いと言われています。日本犬雑種は特に洋犬の小型犬で見られる心臓病などの遺伝的で致命的な疾患が少ないために長寿であり、また血液中の不飽和脂肪酸濃度の著しく低いという報告もあります。これらに栄養面や飼育環境が「加齢」とが複雑に絡み合って「認知症」を惹き起こしていると考えられます。
●人の「認知症」の症状を端的に表しているのは、「自身の忘れていること自体を忘れている」ことです。犬の「認知症」も人のそれに類似した症状を呈しますので、典型的なものを以下に示します。①異常に何をどれだけ食べても下痢をしない。②昼も食餌時以外は死んだように眠って、夜中から明け方に突然起きて動き回る。この状態を飼い主が制止することが不可能。③狭い所に入ると全く後退できず、部屋の直角コーナーでも転換できない。④自分中心の旋回運動。⑤寝ていても排泄してしまう、いわゆる垂れ流し状態。⑥視力が低下、聴覚もほとんど消失して嗅覚のみが異常に過敏になっている。⑦尾と頭部が下がり、起立姿勢をとれるがアンバランスでフラフラする。持続的にぼっとして起立している。高ずると異常な姿勢で寝ていることがある。⑧真夜中から明け方の定まった時間にあたかも何かがいるように鳴き出し、全く制止できない。⑨他人や動物はおろか、飼い主にも全く反応がない。⑩学習した行動あるいは習慣的行動がすべて消失している・・・とあります。(内野富弥獣医師による)
●「認知症」の治療には特効薬が存在しません。そう言って手を拱(こまね)いていても仕様がありません。脳は脂質含量が高く、フリーラジカルの主な標的になり、酸素要求量も高く、酸化に対する防御と修復能力が限られています。その他に様々な要素が加わり、脳の老化が起こりますが、その結果、ニューロンの減少と脳の委縮、β-アミロイド蓄積の進行、さらなるフリーラジカル産生の増加が見られます。ヒルズ社(サイエンスダイエット)の特別処方食であるb/dは抗酸化成分であるビタミンEとビタミンC、β-カロチン、セレンが添加されています。
●前述したDHA(ドコサヘイサエン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)のオメガ-3-不飽和脂肪酸は、脆弱なニューロンの細胞膜機能の保護に役立つとされています。
●L-カルニチンとα-リボ酸は、ミトコンドリアの健康を維持し、フリーラジカルの産生量の抑制に役立つとされています。
●カロチノイドとフラノボイドはフリーラジカルを不活性化することのより細胞のダメージを減少させます。(以上、ヒルズ社のパンフレットより)
●認知症の特別処方食であるb/dの”d”は”diet”(食餌)、”b”は”brain aging”(脳の加齢)と”behavioral changes”(行動の変化)の意味です。
●b/dの給与により1カ月以内で行動異常の軽減が見られたとの報告もありますが、2か月間は継続してから、判断すると良いとされます。
●動物との生活で、日ごろ重要なことは、ただ散歩に行って食餌を与えているのではなく、良く声を掛け、スキンシップを怠らず、常に動物の脳を刺激してやることが大切です。存分に「語らって」下さい。「外犬」は室内飼いに比べ「認知症犬」が多いとされています。
●「認知症」の症状である「昼夜逆転」、「徘徊」、「排泄の粗相」、そして一番問題なのが「夜鳴き」です。声が甲(かん)高くて近所迷惑千万です。苦情も珍しくありません。このため、鎮静剤や睡眠薬の投与を余儀なくされることが少なくありません。しかし、これらの薬剤は人と同様に、認知症を進行するとされていますので、慎重を期すことが必要です。
●アメリカ合衆国ではパーキンソン病の治療薬が「認知症」の薬として犬で認可されています。またヨーロッパでは抗血栓作用や脳血管循環改善薬が認可されているといいます。
●7歳以上(大型犬や超大型犬では5歳以上)の犬では「認知症」の可能性が付きまといます。アメリカ合衆国では約100万頭の犬が発症していると考えられています。診断が付いた犬は18~24ヶ月以内に安楽死か施設に収容されるといいます。
●最後に、ここで述べたような「認知症」に対する「知識」と「認識」をきちんと持ち、動物に接してあげることが重要と言えるでしょう。
●各動物病院には「認知症診断シート」がありますので、お気軽にお求め下さい。
※犬の老化に伴う行動変化を示す頭字語の「DISH」
1.見当識障害(Disorientation)、2.相互作用の変化(Interaction changes)、3.睡眠あるいは活動の変化(Sleep or activity changes)、4.しつけを忘れる(Housetraining is forgotten)
※認知症はCDS(Cognitive Dysfunction Syndrome)とも言う。