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ペット豆知識No.38-犬・猫の去勢手術の功罪-MRT「ペット・ラジオ診察室」9月17日放送分

 前々回は雌の避妊手術と雌に関連の病気について話したが、今回のテーマは雄の去勢手術についてである。去勢手術を行うメリットにはどのようなものがあるのであろうか。雌の避妊手術と違い、去勢手術の特徴は犬と猫で大きく異なる。そのため、犬と猫、別々に述べる。
 

 まず、犬の場合、去勢手術により予防できる病気がいくつかあるため、それらを以下に述べる。

<肛門周囲腺腫>
 犬の肛門周囲にできる腫瘍のうち、58~96%が肛門周囲腺腫と言われている。良性の腫瘍で、歳をとった雄に多く、平均10才で罹患する。特に精巣間質細胞腫の犬でリスクが高い。この腫瘍がホルモン依存性で、アンドロジェン分泌の増加、又はエストロジェン分泌の低下により生じる。まれに雌でも罹患することがあり、そのほとんどが避妊手術後に見られる。

<悪性肛門周囲腺腫(肛門周囲腺癌)>
 見た目は肛門周囲腺腫に類似するが、硬く、急速に大きくなる腫瘍がある。肛門周囲腺癌という悪性の腫瘍である。この腫瘍は肛門周囲にできる腫瘍のうちの3~21%を占め、平均11歳で罹患する。肛門周囲腺腫とは異なり、ホルモン依存性は無く、雄・去勢雄・雌で見られる。

<包皮炎>
 包皮腔での感染、あるいは炎症を生じる疾患。犬ではよく見られる。病原微生物は、一般に包皮腔内の常在菌である。(ヘルペスウィルス・Brastomycsなどのこともある。)包皮からの白色、或いは緑色をした膿が排泄されるが、それ以外の症状は通常見られない。治療法は殺菌された液体で洗浄することである去勢手術により、包皮の分泌物が減少し、包皮炎を予防することができる。

<前立腺肥大>
 犬で多く見られ、前立腺疾患の約6割を占め、特に6歳以上に多い。精巣からのホルモン分泌量に影響を受け、腺細胞の過形成により生じる。精巣から分泌される性ホルモンが発症原因であるため、去勢手術により治療、予防することができる。去勢手術後の前立腺の退縮は一般的に数週間要する。
※※※前立腺腫瘍のほとんどが、前立腺癌であるが、その発生率は去勢手術の影響を受けないとされている。

<精巣の腫瘍>
 犬では雄の生殖器の腫瘍の約90%を占め、皮膚の腫瘍に次いで2番目に多い。精巣の腫瘍は3種類あり、セルトリ細胞腫、間質細胞腫、セミノーマがある。それぞれほぼ同じ割合で罹患する。高齢の犬(平均10才)で発生が多くみられる。精巣の腫瘍の多くは良性であるが、セルトリ細胞腫では10~20%に腰椎や腸骨リンパなどに転移がみられる。セルトリ細胞腫のタイプによっては、エストロジェンを分泌し、脱毛、乳頭の腫大、骨髄抑制などが見られる。間質細胞腫は精巣全体が大きくなることは少なく、多くは無症状である。一方、セルトリ細胞腫、セミノーマでは精巣が腫大する。

<精巣炎・精巣上体炎>
 血行性、尿生殖路を介して、あるいは外傷などが原因で生じる。精巣炎から精巣上体炎を生じることがよくあり、またその逆もあるため、しばしば同時に扱われる。猫より犬に多い。原因は好気性細菌が最も多い。急性では陰嚢腫脹、痛み、精巣、精巣上体が腫大して硬結し、熱感を帯びる。陰嚢の皮膚も感染している場合には、患犬は患部を舐める。発熱、元気がないなどの症状が見られる。しかし一方で、無症状で気付かれないこともある。慢性例では、陰嚢は正常で精巣は柔らかく萎縮する。急性、慢性ともに不妊となることがある。治療は抗生剤の投与、去勢手術である。

<潜在精巣>
 犬でもう1つ知っておきたいのが潜在精巣である。精巣は胎児期や生後間もなく腹腔内に存在するが、やがて陰嚢内に下降する。その時期は報告によりばらつきがあるが、猫では生後20日頃、犬では生後30日頃(10日とも言われている)と言われている。まれに、それ以降にも精巣下降を起こすことがあるが、6ヶ月以上では精巣下降は決して起こらないため、6ヶ月までに陰嚢内に下降しなければ潜在精巣と診断される。片側の場合が多く、腹腔内と鼠径部はほぼ同じ割合で見られる。ただし、両側の例では腹腔内であることが多い。発生率は統計によりばらつきがあるが、約1~10%と言われている。精子形成には体温よりも数度低い環境が必要であるため、潜在精巣では精子形成が一般に行われず、遅い時期に下降したものは完全にはその機能を回復しない。その為、両側性では不妊、片側性では精子の数は減少するが、妊娠は可能である。しかし、この疾患は遺伝性である為、繁殖希望の場合には注意が必要である。また、テストステロンは分泌量は少ないものの、分泌されているため、性欲は正常であることがある。この潜在精巣であった場合、先に述べた精巣腫瘍のリスクが約10~13倍も高くなる。精巣腫瘍は、精巣が陰嚢内にある場合でもよく見られるため、潜在精巣ではリスクが非常に高くなり、潜在精巣の約6~10%が腫瘍化する。その為、若齢での去勢手術が望まれる。

 続いて猫について以下に述べる。猫の場合、犬のような前立腺肥大や精巣腫瘍といった病気の発生はまれである。また、潜在精巣であっても、精巣腫瘍の発生は稀である。そのため、病気の予防という意味で去勢手術を積極的に勧めることはない。
 しかし、未去勢の雄猫では外に出たがったり、トイレ以外でおしっこをする(スプレー)、ケンカをするなどの傾向がどうしても強くなる。ケンカにより猫エイズなどの病気の感染の危険性が高くなる。
 また、雌猫は雌犬と異なり、発情回数が多くその期間も長い。しかも交尾後排卵(人や犬では交尾と排卵日は関係ないが、猫では交尾刺激により排卵する)のため、かなり容易に妊娠する。そのため、仮に脱走してしまった場合、数ヶ月後には「うちの太郎によく似た子猫が歩いている、、、」といったことになってしまう。 
 
 そして、よくある質問だが、犬・猫ともに雄に多い攻撃性やスプレー行為、マーキング、あるいはマウンティング(犬で見られる腰ふり)などの行動は去勢手術により予防することができるのか。これらの行動が身につく前に去勢手術を行うと、当然予防の効果が高いのだが、一度これらの行動が身についてしまった後では、軽減する例もあるが、効果のまったく見られないケースもある。去勢手術を受けるかどうかは、出来れば動物を飼う前から決めておくことが望ましい。

※※※以下の問題行動が去勢手術によって何ら改善されなかった割合を以下に示す(ある論文のデータより)。
◎犬:外をうろつく(6%)、マウンティング(33%)、マーキング(50%)、雄犬に対する攻撃性(38%)、テリトリー内への侵入に対する攻撃性(100%)、恐怖による攻撃性(100%)。
◎猫:外をうろつく(6%)、ケンカ(12%)、スプレー(13%)。
 また、スプレーあるいはマーキングといった行動は、屋外で色々な匂いを嗅ぐなどの環境の変化(新しい犬・猫の存在など)により再発しやすいとされている。

<まとめ>
●雄犬の去勢手術は、雄に多い疾患(肛門周囲腺腫、包皮炎、前立腺肥大、精巣腫瘍など)の予防ができる。
●去勢手術は、犬猫ともに雄に多い問題行動の予防と、かつそれを軽減する。
●特に、猫では望まない妊娠を回避する。地域猫増加の抑制に貢献する。
●避妊手術と同様、去勢手術のデメリットは肥満である。その機序は明らかになっていないが、去勢手術後の必要(基礎代謝)エネルギー量は減少し、食欲は増進される為に肥満が起こる。例えば、猫では安静時の基礎代謝エネルギーが20~25%も低くなる。ある報告では、犬猫共に去勢された雄の肥満リスクは、去勢しない雄の比べ約2倍高いとされる。個体の成長は生後15~18ヶ月間続くため、この間は若齢用のフードを与えるべきだが、給餌量を調節し、肥満には十分注意したい。

文責:たばる動物病院 獣医師 棚多 瞳

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