歩様異常シリーズの2回目は股関節形成不全(異形成)について述べる。1回目の膝蓋骨脱臼症は小型犬に多発するが、今回の股関節形成不全は大型犬に多くみられる疾患である。とは言え、小型犬や中型犬、猫でも見られるが、猫の場合には稀である。)
*股関節形成不全は骨格の発育障害により、大腿骨々頭と寛骨臼の間が不適合となり、亜脱臼や完全脱臼を引き起こす。また、異常な力が関節に生じることにより、関節軟骨の正常な発育が妨げられ、加齢とともに関節が変形し、骨関節炎となる。
*好発犬種としては、ゴールデン・レトリーバー、ラブラドール・レトリーバー、ロットワイラー、ジャーマン・シェパード、セント・バーナードなどがあげられる。
*若齢では亜脱臼や完全脱臼のため、疼痛や跛行といった症状を呈して来院する。成熟後、骨関節炎に至って来院するケースも多い。症状はその他、活動性の低下、起立困難、大腿筋群の萎縮、股関節可動域の減少などが起こる。股関節形成不全は通常両側性に生じるが、片側のみの後肢跛行を示すことも多い。
*寛骨臼による大腿骨々頭の被覆率は、正常では約66%(3分の2)だが、股関節形成不全では被覆率の低下が見られる。さらに慢性化すると、寛骨臼や大腿骨々頭の変形が始まって、寛骨臼は浅くなり、大腿骨々頭は歪で平坦になる。その他、骨棘の形成や大腿骨々頸部の肥大化、軟骨下骨の硬化、関節周囲軟部組織の繊維化、などの病変(病態)が観察される。
*遺伝性疾患と言われているが、環境要因も重大な影響を及ぼし、成長期における急激な体重増加、過体重、筋肉量の増加、過度で過激な運動など、数多くの環境要因が股関節形成不全の発症と進行に影響を及ぼすと考えられている。
*治療は内科的治療と外科的治療がある。外科的治療には若齢時恥骨結合固定術(3~4ヶ月)、3点骨盤骨切り術(10ヶ月未満)、股関節全置換術(骨格成熟後)、大腿骨々頭頸切除術(全年齢に適応だが、20㎏以下のサイズで行われることが多い。しかし最近では、体重がそれ以上の大型犬についても骨頭切除を実施することで、歩様時に腰の不安定は残るが、肝心な痛みを除いてやることは可能である。)などがあげられる。恥骨結合固定術、3点骨盤骨切り術は大腿骨々頭被覆率を向上させ、関節の安定性を増す。
*ここで重要なのは「外科的治療が本当に必要かどうか」である。以前はこれらの手術がもてはやされた時期もあったが、現在では「多くの場合、内科的治療で事足りるのではないか」という考えに変わる傾向にある。
*先に述べたように、股関節形成不全は成熟後に関節炎を発症して跛行などの症状を示すことが多く、これに対する内科的治療の代表的なものとして、減量がある。この減量作戦によりかなりの効果が期待できる。ある論文では股関節の関節炎により後肢跛行が見られる過体重(理想体重より11~12%重い)の犬を、11~18%痩せさせたところ、かなりの改善がみられたという報告もあり、実際、当病院でもダイエットに成功後、見違えるように軽やかに歩く犬たちをよく見ることができる。
★また、筋力が衰えないよう適度な運動を行うことも重要である。例えば、一回で1時間散歩するのではなく、10分を何回か(できれば5~6回)行うことで、関節への負担を減らしながら、筋力を保つこができる。
★さらに、コンドロイチン硫酸やグルコサミンなどといったサプリメントの投与などが、人と同様に推奨されている。これらによりある程度の改善が見られる場合も少なくないが、それでもまだ跛行が消失しない場合には、鎮痛剤の投与を検討する。
★★犬猫の鎮痛剤に関しては、薬の種類で重篤な副作用を起こす場合が少なくないため、安易に人体薬を与えることは絶対に避けなければならない。たばる動物病院のホームページでは、鎮痛剤についても記載していますので、ここをクリック。
*本疾患の発症を極力防ぐには、成長期の食事管理が極めて重要である。「うちの子は大型犬だから好きなだけ食べさせてあげよう!」などと思う飼い主も多いが、股関節形成不全には逆効果である。成長期に過度のフードを与えると、急激な成長や体重増加が生じ、股関節形成不全のリスクを高めてしまう。大型犬は急激に成長するため、頻繁に体重を測定しながら適当な量のフードを与えたい。重ねて言うが、骨成長が早いことは、換言すれば、「いい加減な」関節形成が起こることを意味している。股関節は7~8ヶ月で形成されるため、その間は「お宅の犬は痩せ過ぎではないか」と心配される位が良い。また、成長期における適度の削痩が最終的な骨成長に影響を及ぼすとは考えられていない。
★ある論文によると、8週齢から2歳までフードを好きなだけ食べさせたグループⅠと、食事制限した(グループⅠの75%のフードを与え、フードの種類はグループⅠと同じ)グループⅡでは股関節形成不全の罹患率に大きな差異がある。具体的には、診断方法にもよるのだが、グループⅠでは24頭中16頭、食事制限したグループⅡでは24頭中7頭で股関節形成不全を発症していた。(別の診断方法でもグループⅠで24頭中18頭、グループⅡで24頭中5頭で発症。)
★そしてもう一つ、カルシウムの過剰摂取も股関節形成不全のリスクを高めてしまう。カルシウム含量0.7~1.2%(乾物量)の食事を与えていれば、犬用ミルクの添加は不必要である。
★★股関節形成不全は遺伝性疾患だが、環境要因も重大な影響を及ぼす。減量により症状を呈さなくなるケースも多く、まずは「ダイエット」である。上記の総合的な内科的療法でかなりの改善が期待できるため、現在では「手術が必要な症例は限られている」という考えに変わりつつある。ダイエット方法についてはここをクリック。
文責:たばる動物病院本院 獣医師 棚多 瞳