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11月10日(木)のMRT「ペット・ラジオ診察室」のテーマは「手術に使用する縫合糸」についてでした。

<今日のワンコ> 
 10年も昔のことだったか、一方の腰部の皮膚が自壊して膿が出てくるが、抗生物質の投与や洗浄など、どんな処置を施しても好転しない、とのことである病院から紹介されたゴールデンがいた。経過から、フィステル(瘻管)形成を疑い、造影すると造影剤が腹腔内奥まで到達したため、試験的開腹術を実施した。瘻管の終点は後腹膜の卵巣の位置にあり、そこには避妊手術で使用されていた絹糸が存在した。これが手術に使用した縫合糸の生体異物反応による「縫合糸反応性肉芽腫」と言われる疾患である。

<縫合糸の種類と使い分け>
○天然素材vs合成糸:動物(羊や牛)の小腸粘膜下組織や屈腱、絹糸、綿糸などの天然素材に対して、ナイロン、ポリグリコネート、ポリジオキサノン、ポリプロピレンなどの合成糸がある。
○非吸収性vs吸収性:古くはカットガット(外科用腸線)と言って、羊や牛の小腸の粘膜下組織をホルムアルデヒドで処理したコラーゲンを使用していた。絹糸やナイロン、ステンレススチール(ワイヤー)などは吸収されないが、ポリグリコネート。ポリジオキサノンなどは吸収される。吸収糸の張力の半減期は3~6週間であり、通常の組織癒合には全く問題ない。種類(成分)にもよるが、およそ6~7ヶ月の間にマクロファージによって吸収される。
○異物反応性:ステンレスやナイロンは異物反応性が弱い。次いで合成吸収糸も組織による拒絶は少ない。絹糸は異物反応性が強い。
○太さ・強度:手術部位や臓器、動物の体格によって糸の強度も太さも選択する。オートクレーブ滅菌によっても強度が失われる素材もあるため、滅菌法にも注意する必要がある。
○撚り糸かそうではないか:一般に撚り糸では細菌感染の可能性が増す。

<ダックスフントの縫合糸反応性肉芽腫>
○東京大学・動物医療センターの報告(2009年、獣医麻酔外科誌).
卵巣子宮摘出(避妊手術)後縫合糸反応性肉芽腫が疑われた犬22症例.
○22例中15例(68%)がミニチュア・ダックスフント.
○診断時の年齢中央値は3.5(1.1~9.3)歳.
手術から診断までの期間は中央値2(0.3~4.3)年.
○元気消失・食欲不振・体重減少・発熱・嘔吐・下痢.
肉芽腫を全摘出した20症例中16例で肉眼的または病理組織学的縫合糸が確認.
○周術期に腎不全で死亡した1例を除く19例中8例が経過良好.
残る11例は、肉芽腫性胃腸炎や脂肪織炎、無菌性肉芽腫などの新たな疾患の発症や、腹腔内肉芽腫の再発.
○その11例中10例はミニチュアダックスフント.
本症はミニチュアダックスフントに好発し、手術で肉芽腫を切除しても新たな炎症性肉芽腫を発症する可能性が他の犬種に比べて高い.

<まとめ>
○縫合糸は素材などによって値段の相違が大きい。例えば、絹糸は1本15円ナイロン糸は300~400円合成吸収糸は500~800円
○絹糸の欠点は組織反応性の誘発であるため、特別な場合を除き使用しないよう心掛ける。
○電気メスを巧みに使いこなし、縫合糸をなるべく使用しない手術に心掛ける。
○基本は合成吸収糸の使用が基本。費用を惜しまない。皮膚縫合は感染の可能性が低いナイロン糸や結紮クリップを使用する。
○腹膜炎や感染症で、どうしても縫合糸を使用せざるを得ない場合には、撚り糸や絹糸などの使用は絶対に避ける。ナイロン糸を用いる。
○ミニチュアダックスの手術には避妊手術に関わらず、全ての手術で絹糸を使用しないことが望ましい。

<おわりに> 
 私は約30年の臨床経験で、手術後に忘れて放置されたままのガーゼによる肉芽腫を3例経験している。ガーゼは素材が絹ではなく綿であり、糸に比べてボリュームがあるため、形成される肉芽腫は小児の拳大とか野球ボール大にもなる。名誉のためだが、他の獣医師の手術に因る症例である。出血の無い手術、手術に用いる手術器械や器具、縫合糸などは全て完璧な滅菌を行い、清潔な手術に心掛ける。また、縫合糸選択の気配りにも手を抜いてはならぬということだ。

※※絹糸は非吸収性縫合糸として分類されるが、緩徐に張力を失い、埋没後約2年以内に組織に吸収される

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