<人での食中毒の現状>
○食中毒の定義は食物を通して病原体や毒素(例えば鯖中毒におけるヒスタミンの前駆体であるヒスチジンの摂取など)が体内に侵入すことで惹き起される消化器症状など。周知のようにボツリヌス菌や河豚毒(テトロドトキシン)、腸管出血性大腸菌では死亡率が高くなる。
○2011年4月19~26日に発生した焼肉チェーン店での「和牛ユッケ」集団食中毒を受けて平成23年10月から生食用牛肉の新基準が施行された。この事件では男児ら複数名が死亡した。病原菌は腸管出血性大腸菌のO-111が検出された。
○さらに平成24年7月1日から、生食用牛肝臓の販売・提供が禁止された。牛の肝臓の内部には衛生管理を十分に行っていても、腸管出血性大腸菌(O-157など)が胆管など通じて肝臓の内部に入る危険性があるためである。
○腸管出血性大腸菌は、溶血性尿毒症症候群を約10~15%の感染者で発症し、発症者の約1~5%が死亡すると言われている。
○実際に生食用牛肝臓が原因と考えられる食中毒は平成10年から平成23年に128件(患者852人)発生している。
○このような新基準ができると牛の肝臓は危ないと考えてしまいがちだが、腸管出血性大腸菌は75℃で1分間以上加熱すれば死滅するので加熱して食べれば安全である。
○食中毒患者数が多い都道府県
1位 岐阜県(880人)
2位 京都府(537人)
3位 東京都(407人)
4位 広島県(296人)
5位 福岡県(257人)
○食中毒患者数が多い病原体
1位 ノロウイルス (3390人)
2位 カンピロバクター (256人)
3位 ウェルシュ菌 (91人)
4位 ぶどう球菌 (57人)
5位 その他 (48人) 平成24年6月18日現在 最新全国食中毒発生状況ランキング(http://www.smileup.jp/contents/search/index.html)
<犬猫から見た食中毒>
○人の食中毒と異なる点は、食物を介して病原体が体内侵入する以外に食糞など他の個体との接触によって伝播されることが多いと考えられる。
○従って、ペットショップや多頭飼育の家庭、保護施設などで蔓延している。これはパルボウイルスやトリコモナス、ジアルジア、コクシジウム、回虫、鉤虫などの伝染にも同じ飼養環境が多大に関与している。
○犬猫の嘔吐・下痢にはさまざまな原因が考えられるが、人同様にカンピロバクターやウェルシュ菌が原因になることがある。
○カンピロバクター(Campylobacter)は、グラム陰性のらせん状桿菌で、鞭毛を使ってコークスクリュー様回転運動を行う。酸素濃度が3~15%の微好気条件を必要とし、至適発育温度域は30~37℃。多くの哺乳類や鳥類の消化管、生殖器、口腔内に常在。犬・猫はC.jejuni、C.cori、C.lari、C.upsaliensis、C.helveticusを保菌していて、人ではC.jejuni、C.coliが食中毒の原因菌として指定されている。犬や猫では不顕性感染を起こすことが多いが、免疫力の低い子犬やストレスによって下痢の原因になることがある。子犬においては高熱、粘液性または血様性下痢が見られ慢性化する場合がある。成犬ではストレス(ペットホテル・シャンプー・旅行・飼い主の留守・日頃食べない物の摂食など)等があった場合に発症することがある。抗生剤や輸液の必要性があるが、特に子犬や子猫では脱水に因って死亡に至るケースが少なくないので要注意。
○クロストリジウム症はClostridium perfringens=ウェルシュ菌に因って惹き起される。ウェルシュ菌は正常腸内細菌だが、腸管内で増殖し、芽胞を形成するときに産生されるエンテロトキシン(外毒素・腸管毒)が悪影響を及ぼす。芽胞とは特定の菌が作る細胞構造の一種で、生育環境が増殖に適さなくなると菌体内に形成。芽胞は過酷な条件に対して強い抵抗性を持ち、発育に適した環境になると栄養細胞にとなり再び増殖する。主に大腸性下痢が見られ、粘液便に鮮血が付着する。時には嘔吐も示す。
○両者は人への感染源になる危険性もあるので、特に乳幼児のいる家庭では注意が必要である。
○Helicobacter pylori(ヘリコバクターピロリ)は、人では慢性胃炎、胃潰瘍、十二指腸潰瘍との関連のみならず胃癌やリンパ腫との関連が報告されている。犬猫においても胃粘膜にヘリコバクターが検出されることがあるが、犬猫の胃炎と関連しているかどうかは未だに明らかにされていない。消化器症状の見られた犬・猫40頭を対象に胃粘膜におけるHelicobacter pyloriおよびHelicobacter属細菌の感染状況を調べた研究(小川高ら・日本獣医師会雑誌・2007年)によると、Helicobacter pyloriは全く検出されなかったが、Helicobacter属細菌は犬で58%、猫で43%検出された。この研究では胃内視鏡検査所見との関連性は認められなかった。しかし、別の研究では除菌することで症状が改善した例が報告されていることからも何らかの関連が示唆される。国別や地域性を含めた今後の研究が待たれるが、犬猫での胃癌発生率は人に比べて低いという事象があることから、その重要性(臨床的意義)はさほど高くないかもしれない。
<余談>
○ノロウイルスは人のみが感染するウイルス性食中毒。したがって、犬猫では問題とならない。
○腸管出血性大腸菌(O157)を実験的に犬に経口摂取させても発症しない。しかし菌は腸管内で増殖し、糞便中に排泄される。
○食中毒と言えば河豚の肝の摂食による中毒死。歌舞伎役者で人間国宝の八代目坂東三津五郎は京都の料亭で肝を4人前食べて中毒死。1975年(昭和50年)1月16日のことだった。その他力士の福栁伊胃三郎(1926年=大正15年12月11日)や同じく力士の沖ツ海福雄(1933年=昭和8年9月30日)などの例がある。
○死に至らなくとも河豚中毒は今も散発(昨年11月の前宮崎県知事の銀座での事例)しているように、牛にしろ馬にしろ猪にしろ鶏にしろ・・・河豚にしろその旨さからどうしても誘惑に負けるのであろうか。戦争に行っても自分だけは「テッポウ」の流れ弾にも当らないと信じ込んでいるのであろう。
○人間国宝が「テッポウ」に当ったことで、1983年(昭和58年)12月2日、「虎河豚肝禁止条例」が食品衛生法の形で施行された。
○1984年、熊本県で発生した辛子蓮根中毒は36人がボツリヌス菌に感染し、うち11人が死亡したのは記憶の中。2006年には井戸水が感染源で0歳男児が発症。2012年には米子市で60歳代主婦が感染。ボツリヌス菌はテトロドトキシンよりも強毒。
○厚生省の次なる標的はサルモネラ菌の「生卵」ではと揶揄され中。それにしても表に出る食中毒は氷山の一角で、実際の数パーセントとも考えられている。宮崎県内でもキャンピロバクター症をはじめ飲食店での食中毒事例が増加している。和牛ユッケ事件もだが、背景にデフレ=安売り競争があると言われている。好物を求めることはストレスが解消され至福のひとときを味わえるが、安いからという理由だけで命をかけるのも愚かだ。衛生管理もだが、食中毒が起こる最大の理由は「ものが古い」(鮮度がデタラメ)なのだ。それに体調の悪い時は避けることも重要だ。
○以上、しょちくれ(焼酎食らい)の弁でした。呑み過ぎもだが喰い物にも要注意ってこと。
文責:獣医師 藤﨑 由香(「余談」はしょちくれ)