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犬の僧帽弁閉鎖不全の治療開始はいつから? -その1-

 犬の3大死因はガン、腎不全(尿毒症)、そして心臓病でしょう。これは数年前、当院で調べた結果で、全国的な詳しい統計はないように思われますが、まず一致するところでしょう。その理由は治療を施しても限界のある疾患だからです。その他の多くは診断や治療法、手術法の開発で完治あるいは延命できるようになっています。

 心臓病には先天性心奇形やフィラリア症、心臓腫瘍などいろんな疾患がありますが、小型犬飼育頭数の増加と老齢化に伴い僧帽弁閉鎖不全症がその他を圧倒しています。

 僧帽弁閉鎖不全症は加齢に従い病変の発現や発症度合が増大する、小型犬主体の遺伝病です。中型犬(特に柴犬)や大型犬にも見られないことはありませんし、弁の病変は僧帽弁以外の三尖弁や大動脈弁、肺動脈弁にも見られます。しかし、小型犬とその僧帽弁にきわだつということです

 この疾患については多くの著述や発表がなされていますので詳細はそれらに譲りますが、病態・診断・治療について簡単に述べます。

 病態の根本は僧帽弁の粘液変性によります。かつては弁の線維症で弁が短縮し疣状になり、これによって弁の閉鎖が上手くいかないと考えられていました。ところが日本の研究者によってこの病変が人の僧帽弁逸脱症候群の病変と同一であることが発見され、その実像は僧帽弁が縮まるのではなく反対に伸長するに因ることが判明したのです。

 診断は症状や心エコー、レントゲン撮影などあります。病院にあまり掛かったことのない犬で、いきなり肺水種で来院するケースもありますが、実際の多くは健診や検診によってその存在が知られています。すなわちこの病気の診断は”聴診”によって簡単に診断できるのです。聴診による心雑音聴取だけで不安なら念を押すために心エコーを実施すれば確定します。それだけ診断は容易です。

 治療もいろんな薬物が開発・応用され、重度になる程、多剤の併用となります。病院の見解によって組合せの多少の相違はあるでしょうが、大きく異なることはないでしょう。それだけこの疾患に対する獣医師側のコンセンサスは高いということです。使用薬剤は病変が軽度の場合はACE阻害剤であり、発症して重度になるに従い、冠動脈拡張剤や強心剤、気管支拡張剤、利尿剤、血管拡張剤などが追加されます。

 今回は、犬の僧帽弁閉鎖不全症の治療開始時期をいつにするかということに絞って考えてみようと考えています。心不全という状態、すなわち発咳や運動不耐性(少しの散歩で疲れる・遊ばなくなった)、チアノーゼ(舌が紫色)などの症状が現れれば治療を開始します。これはどの獣医師でも迷うことはありません。治療を開始しなければならない時であります。人間の病気を考えれば理解しやすいでしょう。心臓病にしても高血圧にしても糖尿病にしても発症してからは薬に頼らなければならないし、薬から離脱するにはかなり困難です。ところが発症の前段階で食事や運動、体重コントロールなどに配慮すれば発症を遅らせ、投薬開始の時期を後にずらすことができます。犬の僧帽弁閉鎖不全症でも同じようなことが出来ないかということですが、幸い、この疾患ではACE阻害薬によって病態の悪化(進展)を防止(遅延)できる可能性が示唆されているということです。
それは、
僧帽弁閉鎖不全による血液の逆流量が減少し、心不全進行を抑制する。(なにせ犬の心臓は1分間に100回も拍動する大仕事をしています。)

ACE阻害剤には弁の(粘液)変性や心肥大に対する抑制作用があるとも考えられている
からです。
 
 つまり、ACE阻害剤の発症前使用によって犬の僧帽弁閉鎖不全症の発症を遅延させることが可能であるということです

 ところが、実際の臨床現場では、良いことか悪いことか、ACE阻害剤を使用しなくても長い期間で病態が進行せずに発症もしない症例が存在します。長い期間とは数カ月~数年の単位であり、病態の進行とは心雑音の大きさと心エコーでの所見に変化が見られないということです。検査所見が悪化しなければ薬の服用は見合わせるのが人情でしょうが、現実はそう甘くありません。この病気を発見したら、体重のコントロールと塩分の過剰摂取を控えるように飼い主に伝えます。同時に病態の進行度合いを判断するため、1~3カ月毎の検診を勧めるのですが、実はこれが問題なんです、真面目に来てくれない飼い主さんが少なくありません。そういう飼い主に限って急性肺水種で駆け込んできます。これらの問題をどう解決するかという課題について考えているのが、今回のテーマです

 そろそろ纏めなくてはなりません。僭越ながらこの”命題”「犬の僧帽弁閉鎖不全の治療開始はいつから?」についての答えを箇条書きでまとめてみます。

①発症していれば投薬開始に躊躇してはなりません。

②多剤投薬は心不全のステージによって増やさなくてはなりません。(ステージ分類は別途示します)

発症はしていないが明らかな病態の進行が確認された場合、飼い主との意向も合わせ、投薬開始を勧めるべきです

(初診であれそうでなくとも)はじめて心雑音が聴取され、心エコー検査などで逆流の程度が投薬相応であると判断されれば、適切なインフォームドコンセントの下、経過観察をすることなく投薬を開始することを勧めるべきです 

 不完全な箇所もありますので、近近に補足します。

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